特集 ─ 平成7年

1995

全国のホールが、
一番多かった年。

1月17日、阪神・淡路大震災。3月20日、地下鉄サリン事件。この年の日本は、 立て続けに大きな衝撃を受けた。それでもホールの灯りは消えなかった—— いや、消えなかったどころか、この年、全国のホール数は18,244軒を数え、 統計上の史上最多を記録している。翌年から先は、ずっと減り続ける一方になる。 つまり1995年は、日本のパチンコ・パチスロ史における、ひとつの頂点だった。 そしてこの年、三洋物産の一台の権利物が、のちに国民機となる『海物語』の 原型をひっそりと完成させていた。

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第一章

ピークの年に、何が起きていたか

1995年のホールは、CR機とドル箱の時代の真っただ中にあった。 確率変動が生まれてから5年。CR(カード式)機が主流になり、 積み上げたドル箱の数がそのまま「その日の戦果」だった時代である。 店内はタバコの煙が当たり前、分煙も禁煙もまだ遠い未来の話だった。

この年、パチスロではクランキーコンドル(ユニバーサル販売)が9月に登場し、 「技術介入」の面白さを一部のマニアから一般プレイヤーにまで広げた。 目押しの腕がそのまま出玉になる——このゲーム性が、以後のパチスロ文化の ひとつの太い軸になっていく。

そしてパチンコでは、5月に三洋物産の『CRギンギラパラダイス』が登場する。 液晶の中で魚たちが泳ぎ回る演出、サメ図柄、変動中の専用BGM—— いま『海物語』シリーズでおなじみの要素は、この時点ですでに出そろっていた。 当時これを打っていた人たちの誰も、これが10年後、20年後の業界の主役シリーズの 原点になるとは思っていなかっただろう。

震災とサリン事件があった年に、ホールの数は史上最多になった。
その矛盾こそが、1995年という年そのものだったのかもしれない。
第二章

ホールの中で、世の中で

🎰 ホールの中
🗾 世の中
1月
フィーバーコマンド、ショット&シュート、影丸(SANKYO)
17日、阪神・淡路大震災
2月
フィーバー億万長者、フィーバーホリデー(SANKYO)
6日、福山雅治「HELLO」発売
3月
フィーバービーチ、モンキッキ(SANKYO)
15日、H Jungle with t「WOW WAR TONIGHT」発売/20日、地下鉄サリン事件
4月
兄貴(SANKYO)——硬派なのにコミカルな権利物、この後シリーズ化
─
5月
CRギンギラパラダイス(三洋物産)——のちの『海物語』の原型がここに完成
─
6月
グレート夢夢、フィーバーワン(SANKYO)
─
7月
クランキーコンドル(ユニバーサル販売)——技術介入ブームの先駆け
24日「LOVE LOVE LOVE」発売
8月
ワークマン、パチパチスタジアム(SANKYO)
10日、Mr.Children「シーソーゲーム〜勇敢な恋の歌〜」発売
10月
スーパーコンビ SP、ミスターマジック(SANKYO)
アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』放送開始
11月
キャロットボーイ(SANKYO)——競馬モチーフ、のちの『パカパカダービー』
─
12月
フィーバーダウンタウン劇場(SANKYO)
Windows95、日本語版発売
通年
トランプ物語、アラジンマスター、ブンブン丸DX ほか計242機種
流行語大賞は「無党派」。ドラマ『金田一少年の事件簿』(29.9%)
第三章

この年の音 ── 1995年のヒット曲/オリコン年間シングルランキングTOP10

LOVE LOVE LOVE のサムネイル

LOVE LOVE LOVE / DREAMS COME TRUE ── 年間1位・235.2万枚。ドリカム最大のヒット曲で、社会現象になった。

WOW WAR TONIGHT のサムネイル

WOW WAR TONIGHT〜時には起こせよムーヴメント〜 / H Jungle with t ── 年間2位・210.3万枚。浜田雅功と小室哲哉のユニット。

HELLO のサムネイル

HELLO / 福山雅治 ── 年間3位・187.1万枚。2月6日リリース、発売週にオリコン1位。

Tomorrow never knows のサムネイル

Tomorrow never knows / Mr.Children ── 年間4位・183.6万枚。発売は1994年11月だが、年間売上集計で1995年の4位に入った。

シーソーゲーム のサムネイル

シーソーゲーム〜勇敢な恋の歌〜 / Mr.Children ── 年間5位・179.2万枚。8月10日発売、Mr.Childrenの9thシングル。

Hello,Again のサムネイル

Hello,Again〜昔からある場所〜 / MY LITTLE LOVER ── 年間6位・173.6万枚。8月21日発売、バンド最大のヒット曲。

奇跡の地球 のサムネイル

奇跡の地球 / 桑田佳祐&Mr.Children ── 年間7位・171.7万枚。世代を超えた共演が話題になった。

TOMORROW のサムネイル

TOMORROW / 岡本真夜 ── 年間8位・166.5万枚。デビューシングルにして年間トップ10入り。

ロビンソン のサムネイル

ロビンソン / スピッツ ── 年間9位・159.4万枚。4月5日発売、11thシングル。

LOVE PHANTOM のサムネイル

LOVE PHANTOM / B'z ── 年間10位・158.8万枚。10月11日発売、18thシングル。

動画はYouTubeの公開プレイヤーをそのまま埋め込んでいます。再生できない場合は動画側の設定によるものです。

第四章

この年の台

実機の写真は使えないため、当時の実戦動画・解説動画への入口として、YouTube公式のサムネイルを表示しています(対応する動画があるものだけ)。

クランキーコンドルの動画 ▶ パチスロ ─ 4号機

クランキーコンドル

ユニバーサル販売(7月)

技術介入ブームの先駆け。目押しの腕がそのまま出玉になった。「青テン」「リリス」など美麗リーチ目も初搭載し、マニア層から一般プレイヤーにまで人気が広がった。

調べたこと

BIG確率 設定1で1/277〜設定6で1/241、REG確率 設定1で1/482〜設定6で1/381。

アラジンマスターの動画 ▶ パチスロ ─ 4号機

アラジンマスター

サミー

伝説の集中役『アラジンチャンス』が復活した4号機。サミーの看板シリーズのひとつとして、今も語り継がれる名機。

調べたこと

BIG確率 設定1で1/431〜設定6で1/431、REG確率 設定1で1/585〜設定6で1/431。

CRギンギラパラダイスの動画 ▶ パチンコ ─ 権利物

CRギンギラパラダイス

三洋物産(5月)

液晶で魚が泳ぐ演出、サメ図柄、変動中の専用BGM——のちの『海物語』シリーズの原型が、この時点ですでに完成していた記念碑的な一台。動画はSANYO公式チャンネルより。

調べたこと

大当り確率 1/323、出玉 約5800(3回ワンセット)、賞球 7&15。

スーパーコンビ SPの動画 ▶ パチンコ ─ 権利物

スーパーコンビ SP

SANKYO(10月)

一発台の名機『スーパーコンビ』のクルーン演出を液晶で再現した後継機。SANKYO公式チャンネルが「もう一度打ちたい!」と振り返る一台。

調べたこと

3回権利物(確変搭載)。賞球7&15、大当り確率1/105、確変中1/10.5。最高16R継続で、3回1セットの総出玉は約6000個。液晶上部の穴に入るとルーレットが回り、「7」で盤面左の電チューが約5.9秒開放、Vゾーン入賞で権利が発生する。現金機。

ブンブン丸DXの動画 ▶ パチンコ ─ 羽根モノ

ブンブン丸DX

平和

1991年の初代『ブンブン丸』を継いだ羽根モノ。長く愛されたシリーズの一台。

調べたこと

羽根モノ(2種)なので大当り確率という項目がない。賞球はオール10、10カウントで最大15ラウンド継続、大当り出玉は約650個(3情報源一致)。大当り中は上段で最高3個を貯留し、ハズレ穴5カウントで解除される。羽根に拾われた玉が直接下段に落ちてもV入賞の可能性がある。検定番号410404、1995年1月18日。※1991年の「ブンブン丸」のリメイク・後継機で別機種。

兄貴の動画 ▶ パチンコ ─ 権利物

兄貴

SANKYO(4月)

権利物。デジタルが揃うと盤面左肩の電動チューリップが約5秒開き、玉が1個でも拾われれば権利獲得。そのあと回転体の役物に入賞させると下のアタッカーが開く。「兄貴」は2回ワンセットで、権利獲得後は次の権利まで揃う確率が10倍に上がった。大当り図柄は1〜9とFの10種で、それぞれ違う筋肉質の「兄貴」が描かれている。大当り確率1/215、賞球7&15、出玉は2回ワンセットで約4000個。2001年3月にはデジパチ仕様の『フィーバー兄貴』として復活した。1995年4月導入。

調べたこと

大当り確率 1/215、出玉 約4000(2回ワンセット)、賞球 7&15。

ミスターマジックの動画 ▶ パチンコ ─ 権利物

ミスターマジック

SANKYO(10月)

シルクハットを操るマジシャンの役物が目印のCR機。SANKYO公式チャンネルが「もう一度打ちたい!」と振り返る一台。

調べたこと

大当り確率 1/151〜1/165、出玉 約2300、賞球 5&15。

フィーバービーチの動画 ▶ パチンコ

フィーバービーチ

SANKYO(3月)

SANKYO公式チャンネルの「もう一度打ちたい!」シリーズで振り返られている一台。

調べたこと

大当り確率は型式により1/200〜1/294、確変時1/98。

ワークマンの動画 ▶ パチンコ ─ 羽根モノ

ワークマン

SANKYO(8月)

工事現場がモチーフの貯留式羽根モノ。手押し車が盤面内で上下し、V字ゾーン前でカラーコーンが回り続ける演出が目印。

調べたこと

大当り確率 1/317.67〜1/63.5、出玉 約1000、賞球 >5&15。

影丸の動画 ▶ パチンコ

影丸

SANKYO(1月)

忍者モチーフの一台。SANKYO公式チャンネルが「もう一度打ちたい!」と振り返る一台。

調べたこと

羽根モノ(貯留型)なので大当り確率という項目がない。賞球6&13、最高15R、最大貯留1個。V入賞で2桁ドットデジタルが「22・33・44・66・77」を等確率で表示し、33と77なら最高15R継続、22・44・66は最高3R。※マルホンの「忍者影丸」(権利物)は完全に別機種。

フィーバーピンボールの動画 ▶ パチンコ

フィーバーピンボール

SANKYO(1月)

透明液晶の手前、盤面の中央にピンボール風の役物を置き、役物の中のフリッパーが天井の穴から入った玉を弾いてワープルートへ送り込む。ワープを通った玉は始動口の上の出口へ導かれるので、そのまま始動入賞につながった。現金機とCR機の2タイプがあり、現金機は大当り確率1/205・賞球7&15で確変なし、CR機は賞球6&15で、大当り図柄15種のうちアルファベット5種が確変図柄。1995年1月導入。

調べたこと

大当り確率は型式により1/205〜1/382。

マーメードの動画 ▶ パチンコ ─ 権利物

マーメード

SANKYO(2月)

液晶画面を4分割表示する権利物。7図柄3つ揃いか全画面魚図柄が揃うと大当り。

調べたこと

権利物(3回権利・確変搭載)なので大当り確率という項目がない。賞球7&15。液晶が4分割表示で、スタートチャッカー通過後に左上から時計回りに停止し、7図柄が3つ以上そろうか全画面に魚図柄が出れば当り(確率1/300)。当り後は左肩の電チューが約6秒開放し、下の役物のVポケットに玉が乗れば権利獲得、以後は右打ちで3回の権利を消化する。1回目の権利終了後は確変に入り1/30にアップ(賞球と確変の数値は1情報源のみ)。※姉妹機「マーメードSP」があり、違いは裏が取れていない。1988年SANKYOの「マーメイドⅠ/Ⅱ」(羽根モノ)とは別機種。

フィーバーフルーティーの動画 ▶ パチンコ

フィーバーフルーティー

SANKYO(7月)

タレント・小林千絵をイメージキャラクターに起用したデジパチ。

調べたこと

大当り確率1/205、賞球7&15。

フィーバーダウンタウン劇場の動画 ▶ パチンコ

フィーバーダウンタウン劇場

SANKYO(12月)

お笑いコンビ「ダウンタウン」を起用したタイアップ機。のちにプレイステーション移植版も発売された。

調べたこと

大当り確率1/305 → 1/76.3、1/327 → 1/54.5、1/369 → 1/52.7、賞球5&15。

キャロットボーイの動画 ▶ パチンコ ─ 羽根モノ

キャロットボーイ

SANKYO(11月)

貯留式の羽根モノ。競走馬をモチーフにした役物とドット表示が特徴で、大当り時にはレース実況演出が流れた。最高継続8ラウンド、最大貯留1個(8カウント)。1998年には『パカパカダービー』へ改称し、さらに長く親しまれた。

調べたこと

出玉 約600、賞球 6&13。

パチンコ

トランプ物語年 要確認

平和

今回改めて調べたところ、平和の公式沿革やWikipediaの機種年表では1995年の平和機は『CRミスパチプロ』とされ、「トランプ物語」の記載は見当たらなかった。近い名前の『トランプ物語SP』(トランプをモチーフにした確変デジパチ)については、レトロ機ブログでは1994年発売、業界データベースのP-WORLDでは1999年4月導入と、資料間で年が一致していない。本機と『トランプ物語SP』が同一機種かどうかも含めて特定できておらず、公式動画も見つからなかったため、年・実在の両方を「要確認」のまま残す。

調べたこと

「トランプ物語」という無印の機種は確認できていない。実在が確認できるのは「トランプ物語SP」(平和)で、こちらは1994年の新要件デジパチとされる。パチンコビレッジの過去機種データベース、パチマガ・スロマガの平和データベース、Wikipediaの平和の記事のいずれにも「トランプ物語」の記載がない。検索で出てくる詳細な数値(賞球7&15、大当り確率1/227、出玉約2300個、金色の7とhで以後2回大当りするまで確変)は、サービス終了で消滅したブログが唯一の出典のため採用していない。機種名と年の両方に確認が必要。

サムネイルはYouTube公式が提供する画像です。クリックすると各動画のページが開きます。動画のない機種は、1機種ずつ探したうえで見つからなかったものです。

ほか226機種。 1995年の全機種を年表で見る →

全機種一覧

1995年に導入された242機種を、導入月の順に並べています。種別ボタンで絞り込めます。

読み込み中…

年表でも同じ一覧を見られます。 1995年の全機種を年表で見る →

第五章

あの頃の空気 ── ファッションと街

この年、渋谷の街に新しい遊びが生まれた。7月25日、セガが「プリント倶楽部®」を発売。 愛称は「プリクラ」——写真を撮ってその場でシールになる機械は、翌年以降の 女子高生文化を象徴する遊びになっていく。街ではナイキの「エアマックス95」が 爆発的なブームになり、手に入れるための「エアマックス狩り」という物騒な言葉まで 生まれた。ティーン向けストリート誌『egg』もこの年に創刊し、茶髪・ルーズソックス・ 日焼けした肌という、のちに「コギャル」と呼ばれるスタイルを最初期に取り上げている。 髪型では、木村拓哉のロング、吉田栄作のツーブロックが街にあふれた。 そして年末、渋谷に安室奈美恵の格好を真似た若者たち——のちの「アムラー」——が 少しずつ現れはじめる。ブームが本格化するのは、まだこの半年後のことだ。

本屋・コンビニの棚では、大きな区切りがあった。6月5日発売の『週刊少年ジャンプ』25号で、 『ドラゴンボール』が最終回を迎える。1984年から11年続いた連載の終わりだった。 入れ替わるように、11月発売の52号からは『ジョジョの奇妙な冒険』第5部「黄金の風」が 連載を開始。『るろうに剣心』『スラムダンク』もまだ連載中で、ジャンプはこの年、 653万部という歴代最高の発行部数を記録している——まさに黄金期だった。

この年の顔

その年のCMには、当時よく見た顔がそのまま映っている。街の記録や、公式チャンネルに残っている映像とあわせて。

1995年 全国TVCM集のサムネイル

1995年(平成7年)全国TVCM集 ── その年に流れていたCMをまとめた懐かしのテレビ映像。当時の商品・ファッション・空気感がそのまま残っている。

1995年 渋谷の街並みのサムネイル

1995年 渋谷の街並み ── アーカイブ映像。当時の渋谷を実際に歩いていた頃の景色。

野茂英雄の映像のサムネイル

野茂英雄 ── 近鉄を退団してドジャースへ。日本人初のオールスター先発投手となり、新人王を獲った年(SPOTVNOW)

イチローの映像のサムネイル

イチロー ── 「がんばろうKOBE」を背負ったオリックスでリーグ優勝、シーズンMVP(オリックス・バファローズ公式)

動画はYouTubeの公開プレイヤーをそのまま埋め込んでいます。

第六章

次世代ゲーム機戦争

ホールの外、ゲームセンターと茶の間でも、激しい戦いが起きていた。 前年末にそれぞれ発売されたソニーのプレイステーションとセガのセガサターンが、 この年、本格的にぶつかり合う。ソニーは「いくぜ!100万台」、セガは「ありがとう100万台」 というキャンペーンコピーで、互いに販売台数の勢いを競い合った。

その最中の12月1日、セガサターン版『バーチャファイター2』が発売される。 アーケード版はすでに社会現象と呼べるほどの人気を集めており、家庭用移植版は セガサターン初のミリオンセラーを記録。本体の普及を大きく後押しした、 この年を象徴する一本だった。

プレイステーション CM集のサムネイル

プレイステーション CM集 1994〜1995年 ── 発売当時に実際に流れていたテレビCMをまとめた映像。

セガサターン CM集のサムネイル

セガサターン CM集 1994〜1995年 ── 同じく発売当時のテレビCM映像。バーチャファイター2のCMも含まれている。

動画はYouTubeの公開プレイヤーをそのまま埋め込んでいます。

第七章

数字で見る1995

18,244軒全国のホール数。この年が史上最多で、翌年から減り続ける
4円貸玉料金。1979年から据え置き、この後も長く変わらない
235.2万枚「LOVE LOVE LOVE」の売上。1995年最大のヒット
242機種この年に記録として残っているパチンコ・パチスロの数
194,200円1995年の大卒初任給の平均
190円『週刊少年ジャンプ』1冊の値段。この年、653万部という歴代最高部数を記録
110円缶コーヒーの価格。1992年の値上げ以降、この頃の相場
1995年1月17日阪神・淡路大震災
1995年3月20日地下鉄サリン事件
第八章

あなたの1995年

この年、あなたはどこで何をしていましたか。

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