▶
パチスロ ─ 4号機
クランキーコンドル
ユニバーサル販売(7月)技術介入ブームの先駆け。目押しの腕がそのまま出玉になった。「青テン」「リリス」など美麗リーチ目も初搭載し、マニア層から一般プレイヤーにまで人気が広がった。
調べたこと
BIG確率 設定1で1/277〜設定6で1/241、REG確率 設定1で1/482〜設定6で1/381。
特集 ─ 平成7年
1995
1月17日、阪神・淡路大震災。3月20日、地下鉄サリン事件。この年の日本は、 立て続けに大きな衝撃を受けた。それでもホールの灯りは消えなかった—— いや、消えなかったどころか、この年、全国のホール数は18,244軒を数え、 統計上の史上最多を記録している。翌年から先は、ずっと減り続ける一方になる。 つまり1995年は、日本のパチンコ・パチスロ史における、ひとつの頂点だった。 そしてこの年、三洋物産の一台の権利物が、のちに国民機となる『海物語』の 原型をひっそりと完成させていた。
← 思い出年表にもどる1995年のホールは、CR機とドル箱の時代の真っただ中にあった。 確率変動が生まれてから5年。CR(カード式)機が主流になり、 積み上げたドル箱の数がそのまま「その日の戦果」だった時代である。 店内はタバコの煙が当たり前、分煙も禁煙もまだ遠い未来の話だった。
この年、パチスロではクランキーコンドル(ユニバーサル販売)が9月に登場し、 「技術介入」の面白さを一部のマニアから一般プレイヤーにまで広げた。 目押しの腕がそのまま出玉になる——このゲーム性が、以後のパチスロ文化の ひとつの太い軸になっていく。
そしてパチンコでは、5月に三洋物産の『CRギンギラパラダイス』が登場する。 液晶の中で魚たちが泳ぎ回る演出、サメ図柄、変動中の専用BGM—— いま『海物語』シリーズでおなじみの要素は、この時点ですでに出そろっていた。 当時これを打っていた人たちの誰も、これが10年後、20年後の業界の主役シリーズの 原点になるとは思っていなかっただろう。
LOVE LOVE LOVE / DREAMS COME TRUE ── 年間1位・235.2万枚。ドリカム最大のヒット曲で、社会現象になった。
WOW WAR TONIGHT〜時には起こせよムーヴメント〜 / H Jungle with t ── 年間2位・210.3万枚。浜田雅功と小室哲哉のユニット。
HELLO / 福山雅治 ── 年間3位・187.1万枚。2月6日リリース、発売週にオリコン1位。
Tomorrow never knows / Mr.Children ── 年間4位・183.6万枚。発売は1994年11月だが、年間売上集計で1995年の4位に入った。
シーソーゲーム〜勇敢な恋の歌〜 / Mr.Children ── 年間5位・179.2万枚。8月10日発売、Mr.Childrenの9thシングル。
Hello,Again〜昔からある場所〜 / MY LITTLE LOVER ── 年間6位・173.6万枚。8月21日発売、バンド最大のヒット曲。
奇跡の地球 / 桑田佳祐&Mr.Children ── 年間7位・171.7万枚。世代を超えた共演が話題になった。
TOMORROW / 岡本真夜 ── 年間8位・166.5万枚。デビューシングルにして年間トップ10入り。
ロビンソン / スピッツ ── 年間9位・159.4万枚。4月5日発売、11thシングル。
LOVE PHANTOM / B'z ── 年間10位・158.8万枚。10月11日発売、18thシングル。
動画はYouTubeの公開プレイヤーをそのまま埋め込んでいます。再生できない場合は動画側の設定によるものです。
実機の写真は使えないため、当時の実戦動画・解説動画への入口として、YouTube公式のサムネイルを表示しています(対応する動画があるものだけ)。
▶
パチスロ ─ 4号機
技術介入ブームの先駆け。目押しの腕がそのまま出玉になった。「青テン」「リリス」など美麗リーチ目も初搭載し、マニア層から一般プレイヤーにまで人気が広がった。
BIG確率 設定1で1/277〜設定6で1/241、REG確率 設定1で1/482〜設定6で1/381。
▶
パチスロ ─ 4号機
伝説の集中役『アラジンチャンス』が復活した4号機。サミーの看板シリーズのひとつとして、今も語り継がれる名機。
BIG確率 設定1で1/431〜設定6で1/431、REG確率 設定1で1/585〜設定6で1/431。
▶
パチンコ ─ 権利物
液晶で魚が泳ぐ演出、サメ図柄、変動中の専用BGM——のちの『海物語』シリーズの原型が、この時点ですでに完成していた記念碑的な一台。動画はSANYO公式チャンネルより。
大当り確率 1/323、出玉 約5800(3回ワンセット)、賞球 7&15。
▶
パチンコ ─ 権利物
一発台の名機『スーパーコンビ』のクルーン演出を液晶で再現した後継機。SANKYO公式チャンネルが「もう一度打ちたい!」と振り返る一台。
3回権利物(確変搭載)。賞球7&15、大当り確率1/105、確変中1/10.5。最高16R継続で、3回1セットの総出玉は約6000個。液晶上部の穴に入るとルーレットが回り、「7」で盤面左の電チューが約5.9秒開放、Vゾーン入賞で権利が発生する。現金機。
▶
パチンコ ─ 羽根モノ
1991年の初代『ブンブン丸』を継いだ羽根モノ。長く愛されたシリーズの一台。
羽根モノ(2種)なので大当り確率という項目がない。賞球はオール10、10カウントで最大15ラウンド継続、大当り出玉は約650個(3情報源一致)。大当り中は上段で最高3個を貯留し、ハズレ穴5カウントで解除される。羽根に拾われた玉が直接下段に落ちてもV入賞の可能性がある。検定番号410404、1995年1月18日。※1991年の「ブンブン丸」のリメイク・後継機で別機種。
▶
パチンコ ─ 権利物
権利物。デジタルが揃うと盤面左肩の電動チューリップが約5秒開き、玉が1個でも拾われれば権利獲得。そのあと回転体の役物に入賞させると下のアタッカーが開く。「兄貴」は2回ワンセットで、権利獲得後は次の権利まで揃う確率が10倍に上がった。大当り図柄は1〜9とFの10種で、それぞれ違う筋肉質の「兄貴」が描かれている。大当り確率1/215、賞球7&15、出玉は2回ワンセットで約4000個。2001年3月にはデジパチ仕様の『フィーバー兄貴』として復活した。1995年4月導入。
大当り確率 1/215、出玉 約4000(2回ワンセット)、賞球 7&15。
▶
パチンコ ─ 権利物
シルクハットを操るマジシャンの役物が目印のCR機。SANKYO公式チャンネルが「もう一度打ちたい!」と振り返る一台。
大当り確率 1/151〜1/165、出玉 約2300、賞球 5&15。
▶
パチンコ
SANKYO公式チャンネルの「もう一度打ちたい!」シリーズで振り返られている一台。
大当り確率は型式により1/200〜1/294、確変時1/98。
▶
パチンコ ─ 羽根モノ
工事現場がモチーフの貯留式羽根モノ。手押し車が盤面内で上下し、V字ゾーン前でカラーコーンが回り続ける演出が目印。
大当り確率 1/317.67〜1/63.5、出玉 約1000、賞球 >5&15。
▶
パチンコ
忍者モチーフの一台。SANKYO公式チャンネルが「もう一度打ちたい!」と振り返る一台。
羽根モノ(貯留型)なので大当り確率という項目がない。賞球6&13、最高15R、最大貯留1個。V入賞で2桁ドットデジタルが「22・33・44・66・77」を等確率で表示し、33と77なら最高15R継続、22・44・66は最高3R。※マルホンの「忍者影丸」(権利物)は完全に別機種。
▶
パチンコ
透明液晶の手前、盤面の中央にピンボール風の役物を置き、役物の中のフリッパーが天井の穴から入った玉を弾いてワープルートへ送り込む。ワープを通った玉は始動口の上の出口へ導かれるので、そのまま始動入賞につながった。現金機とCR機の2タイプがあり、現金機は大当り確率1/205・賞球7&15で確変なし、CR機は賞球6&15で、大当り図柄15種のうちアルファベット5種が確変図柄。1995年1月導入。
大当り確率は型式により1/205〜1/382。
▶
パチンコ ─ 権利物
液晶画面を4分割表示する権利物。7図柄3つ揃いか全画面魚図柄が揃うと大当り。
権利物(3回権利・確変搭載)なので大当り確率という項目がない。賞球7&15。液晶が4分割表示で、スタートチャッカー通過後に左上から時計回りに停止し、7図柄が3つ以上そろうか全画面に魚図柄が出れば当り(確率1/300)。当り後は左肩の電チューが約6秒開放し、下の役物のVポケットに玉が乗れば権利獲得、以後は右打ちで3回の権利を消化する。1回目の権利終了後は確変に入り1/30にアップ(賞球と確変の数値は1情報源のみ)。※姉妹機「マーメードSP」があり、違いは裏が取れていない。1988年SANKYOの「マーメイドⅠ/Ⅱ」(羽根モノ)とは別機種。
▶
パチンコ
タレント・小林千絵をイメージキャラクターに起用したデジパチ。
大当り確率1/205、賞球7&15。
▶
パチンコ
お笑いコンビ「ダウンタウン」を起用したタイアップ機。のちにプレイステーション移植版も発売された。
大当り確率1/305 → 1/76.3、1/327 → 1/54.5、1/369 → 1/52.7、賞球5&15。
▶
パチンコ ─ 羽根モノ
貯留式の羽根モノ。競走馬をモチーフにした役物とドット表示が特徴で、大当り時にはレース実況演出が流れた。最高継続8ラウンド、最大貯留1個(8カウント)。1998年には『パカパカダービー』へ改称し、さらに長く親しまれた。
出玉 約600、賞球 6&13。
今回改めて調べたところ、平和の公式沿革やWikipediaの機種年表では1995年の平和機は『CRミスパチプロ』とされ、「トランプ物語」の記載は見当たらなかった。近い名前の『トランプ物語SP』(トランプをモチーフにした確変デジパチ)については、レトロ機ブログでは1994年発売、業界データベースのP-WORLDでは1999年4月導入と、資料間で年が一致していない。本機と『トランプ物語SP』が同一機種かどうかも含めて特定できておらず、公式動画も見つからなかったため、年・実在の両方を「要確認」のまま残す。
「トランプ物語」という無印の機種は確認できていない。実在が確認できるのは「トランプ物語SP」(平和)で、こちらは1994年の新要件デジパチとされる。パチンコビレッジの過去機種データベース、パチマガ・スロマガの平和データベース、Wikipediaの平和の記事のいずれにも「トランプ物語」の記載がない。検索で出てくる詳細な数値(賞球7&15、大当り確率1/227、出玉約2300個、金色の7とhで以後2回大当りするまで確変)は、サービス終了で消滅したブログが唯一の出典のため採用していない。機種名と年の両方に確認が必要。
サムネイルはYouTube公式が提供する画像です。クリックすると各動画のページが開きます。動画のない機種は、1機種ずつ探したうえで見つからなかったものです。
ほか226機種。 1995年の全機種を年表で見る →
この年、渋谷の街に新しい遊びが生まれた。7月25日、セガが「プリント倶楽部®」を発売。 愛称は「プリクラ」——写真を撮ってその場でシールになる機械は、翌年以降の 女子高生文化を象徴する遊びになっていく。街ではナイキの「エアマックス95」が 爆発的なブームになり、手に入れるための「エアマックス狩り」という物騒な言葉まで 生まれた。ティーン向けストリート誌『egg』もこの年に創刊し、茶髪・ルーズソックス・ 日焼けした肌という、のちに「コギャル」と呼ばれるスタイルを最初期に取り上げている。 髪型では、木村拓哉のロング、吉田栄作のツーブロックが街にあふれた。 そして年末、渋谷に安室奈美恵の格好を真似た若者たち——のちの「アムラー」——が 少しずつ現れはじめる。ブームが本格化するのは、まだこの半年後のことだ。
本屋・コンビニの棚では、大きな区切りがあった。6月5日発売の『週刊少年ジャンプ』25号で、 『ドラゴンボール』が最終回を迎える。1984年から11年続いた連載の終わりだった。 入れ替わるように、11月発売の52号からは『ジョジョの奇妙な冒険』第5部「黄金の風」が 連載を開始。『るろうに剣心』『スラムダンク』もまだ連載中で、ジャンプはこの年、 653万部という歴代最高の発行部数を記録している——まさに黄金期だった。
その年のCMには、当時よく見た顔がそのまま映っている。街の記録や、公式チャンネルに残っている映像とあわせて。
1995年(平成7年)全国TVCM集 ── その年に流れていたCMをまとめた懐かしのテレビ映像。当時の商品・ファッション・空気感がそのまま残っている。
1995年 渋谷の街並み ── アーカイブ映像。当時の渋谷を実際に歩いていた頃の景色。
野茂英雄 ── 近鉄を退団してドジャースへ。日本人初のオールスター先発投手となり、新人王を獲った年(SPOTVNOW)
イチロー ── 「がんばろうKOBE」を背負ったオリックスでリーグ優勝、シーズンMVP(オリックス・バファローズ公式)
動画はYouTubeの公開プレイヤーをそのまま埋め込んでいます。
ホールの外、ゲームセンターと茶の間でも、激しい戦いが起きていた。 前年末にそれぞれ発売されたソニーのプレイステーションとセガのセガサターンが、 この年、本格的にぶつかり合う。ソニーは「いくぜ!100万台」、セガは「ありがとう100万台」 というキャンペーンコピーで、互いに販売台数の勢いを競い合った。
その最中の12月1日、セガサターン版『バーチャファイター2』が発売される。 アーケード版はすでに社会現象と呼べるほどの人気を集めており、家庭用移植版は セガサターン初のミリオンセラーを記録。本体の普及を大きく後押しした、 この年を象徴する一本だった。
プレイステーション CM集 1994〜1995年 ── 発売当時に実際に流れていたテレビCMをまとめた映像。
セガサターン CM集 1994〜1995年 ── 同じく発売当時のテレビCM映像。バーチャファイター2のCMも含まれている。
動画はYouTubeの公開プレイヤーをそのまま埋め込んでいます。
この年、あなたはどこで何をしていましたか。