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パチスロ ─ 2号機
ウインクル
高砂電器産業(現・コナミアミューズメント)(2月)規則改正で生まれた「2号機」の第一号とする資料がある一台。BIGボーナス・REGボーナスの両搭載、フルーツゲームなど、以後の2号機の基本仕様をここで確立した。
特集 ─ 昭和63年
1988
3月13日、青函トンネルが開業。4月10日には瀬戸大橋が開通し、本州と北海道・四国が初めて陸路でつながった。2月には『ドラゴンクエストIII』が発売され、量販店の前に数キロの行列ができる社会現象になった。光GENJIの「パラダイス銀河」が街じゅうで流れ、東京ドームも産声を上げる——そんな浮かれた空気のなか、ホールの中ではパチスロが「2号機」の時代に切り替わっていた。ボーナスの抽選方式が完全確率に統一され、クレジット機能が搭載され、以後長く続くパチスロのかたちの土台が、この年にできあがっている。だが年の後半、9月19日に昭和天皇が倒れ、以後「陛下ご重体」の報道が続くと、日本中が静かな自粛ムードに包まれていく。記録に残るだけで34機種が登場した昭和63年は、はしゃぎと自粛が同居した、奇妙な一年だった。
← 思い出年表にもどる1985年の新風営法でパチスロが正式な遊技機として整備されてから3年。1988年、 パチスロは大きな転換点を迎える。それまで機種ごとにばらつきのあった当選方式が、 この年から完全確率方式に統一され、遊技者の投資分をそのまま貯めておける クレジット機能も搭載された。「2号機」と呼ばれるこの世代の登場によって、 目押し・ボーナス確率・クレジットという、以後長く続くパチスロの基本のかたちが、 この年にできあがっている。
記録に残るだけで34機種——そのうちパチスロは『センチュリー21』『アラジン』 『ウインクル』など数機種にとどまり、残りは羽根モノ・権利物を中心にした パチンコが埋めている。SANKYOだけで20機種以上を送り出し、『ロボスキー』の スキー役物や『メタルX』の変身ギミックなど、遊び心のある演出が競われた一年でもあった。
3月13日には青函トンネル、4月10日には瀬戸大橋が開通し、本州と北海道・四国が 陸路でつながった——そんな浮かれた空気の中でホールは新台を送り出し続けていたが、 9月19日、昭和天皇が大量吐血で倒れる。以後「陛下ご重体」の報道が連日続き、 年末にかけて日本中が静かな自粛ムードに包まれていった。
パラダイス銀河 / 光GENJI ── 年間1位・87.4万枚。1988年3月9日発売。光GENJIはこの年、年間TOP10に4曲をランクインさせる圧倒的な強さを見せた。
ガラスの十代 / 光GENJI ── 年間2位・67.4万枚。1987年11月発売。年をまたいで売れ続け、1988年年間シングル2位となった。
Diamondハリケーン / 光GENJI ── 年間3位・67.2万枚。1988年6月21日発売。光GENJIが年間1〜3位を独占する形になった。
DAYBREAK / 男闘呼組 ── 年間4位・62.3万枚。1988年8月31日発売。ジャニーズの人気グループ、男闘呼組の代表曲。
乾杯 / 長渕剛 ── 年間5位・52.2万枚。1988年2月5日、新録音バージョンとしてシングル発売。結婚式の定番曲として今も歌い継がれる。
MUGO・ん…色っぽい / 工藤静香 ── 年間6位・45.7万枚。1988年6月1日発売。作詞は中島みゆき。
ANGEL / 氷室京介 ── 年間8位・37.5万枚。1988年7月21日発売、BOOWY解散後の氷室京介ソロデビュー曲。
人魚姫 / 中山美穂 ── 年間9位・36.5万枚。1988年7月11日発売、中山美穂13枚目のシングル。
You were mine / 久保田利伸 ── 年間10位・33.2万枚。1988年2月26日発売。フジテレビ系ドラマ『君の瞳をタイホする!』主題歌。
動画はYouTubeの公開プレイヤーをそのまま埋め込んでいます。再生できない場合は動画側の設定によるものです。オリコン1988年年間シングルチャートTOP10のうち9曲を採用(7位は光GENJIの重複となるため割愛)。
実機の写真は使えないため、当時の実戦動画・解説動画への入口として、YouTube公式のサムネイルを表示しています(対応する動画があるものだけ)。
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パチスロ ─ 2号機
規則改正で生まれた「2号機」の第一号とする資料がある一台。BIGボーナス・REGボーナスの両搭載、フルーツゲームなど、以後の2号機の基本仕様をここで確立した。
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パチスロ ─ 2号機
「アラジンチャンス」という集中役を初めて搭載した記念碑的な2号機。ただし調査した範囲では、初代アラジンの発売元はニイガタ電子精機、発売年は1989年とする資料が有力で、本データの「1988年・サミー」とは食い違いがある。サミーのアラジンシリーズはのちに引き継がれたブランドの可能性が高い。
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パチスロ ─ 2号機
2号機を代表する一台。甘めのボーナス確率と、盤面いっぱいに配された巨大な7図柄が当時のプレイヤーに強い印象を残した。
2号機世代のパチスロ。詳しい仕様の記録は乏しいが、当時の北電子のラインナップの一台として記録に残る。
2号機世代の一台。資料によって1988〜1989年とばらつきがあり、発売年は要確認。
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パチンコ ─ 羽根モノ
スキーをするロボットを役物にしたハネモノ。両足元に球を最大4個まで貯留でき、体を左右に振るタイミングで球が足の間を抜けるとV入賞するという独特なギミックで人気を集めた。SANKYO公式チャンネルが「もう一度打ちたい!」で振り返る一台。
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パチンコ ─ 羽根モノ
羽根開閉6回目以降、球が割れてロボットに変身するという当時としては斬新な演出のハネモノ。ノーマルチャッカーの「I」とチューリップ仕様の「II」が展開された。SANKYO公式チャンネルが「もう一度打ちたい!」で振り返る一台。
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パチンコ ─ 羽根モノ
羽根モノの人気機。SANKYO公式チャンネルが「もう一度打ちたい!」で振り返る一台。
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パチンコ ─ 羽根モノ
羽根モノの人気機。1988年発売のSANKYO製ハネモノとして、いまもレトロパチンコ系チャンネルで実戦動画が投稿され続けている一台。
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パチンコ ─ 羽根モノ
それまでパチンコ業界でタブーとされていた「磁石」をあえて役物に採用し、球が役物をよじ登っていく仕組みを実現した革新機。2頭身のキャラクターやオバケ・怪獣をかたどった役物も特徴で、以後の西陣らしさの原点になった。
詳しい仕様の記録は乏しいが、記録に残る1988年の機種の一台。
詳しい仕様の記録は乏しいが、記録に残る1988年のSANKYO機の一台。
詳しい仕様の記録は乏しいが、記録に残る1988年8月のSANKYO機の一台。
サムネイルはYouTube公式が提供する画像です。クリックすると各動画のページが開きます。
ほか21機種。 1988年の全機種を年表で見る →
2月10日、『ドラゴンクエストIII そして伝説へ…』が発売され、発売日には量販店の前に数キロメートルにおよぶ行列ができる社会現象になった。夢中になっていたのは子どもたちだけではない。『週刊少年ジャンプ』では8月発売の35号で『北斗の拳』が最終回を迎え、5年続いた連載に幕を下ろす。入れ替わるように誌面はさらに勢いを増し、この年12月の年末号では公称発行部数が500万部を突破した。テレビでは10月、『それいけ!アンパンマン』と『とんねるずのみなさんのおかげです』がそろって放送を開始。9月には、のちに国民的ロックバンドとなるB'zがCDデビューしている。
この年の新語・流行語大賞では、ソ連のペレストロイカが金賞に選ばれる一方、日産の高級車がもたらした消費ブーム『シーマ現象』がバブル景気の象徴として銀賞に選ばれた。少年隊のメンバーの顔立ちにちなんだ『しょうゆ顔・ソース顔』という言葉も話題になっている。街も財布もどこか浮かれていた──そんな年の後半、9月19日に昭和天皇が大量吐血で倒れ、以後年末まで『陛下ご重体』の報道が続いた。日本中が静かな自粛ムードに包まれたまま、昭和最後の年は暮れていく。
1988年(昭和63年)10月 全国TVCM集 ── その年に実際に流れていたテレビCMをまとめた懐かしのアーカイブ映像。1995年ページでも使った「Al B. GGX」チャンネルより。
1988年(昭和63年)12月の東京 ── 「旧 絶滅メディア博物館」公式チャンネルが公開する、Super8フィルムで撮影された当時の東京の実写映像。
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この年、あなたはどこで何をしていましたか。