特集 ─ 昭和61年

1986

羽根モノに、
革命が起きた年。

1986年、日本は激動と好況の入り口に立っていた。4月26日、チェルノブイリ原発事故が起こり、 76年ぶりに接近するハレー彗星が話題になる。そして地価と株価が上がり続ける 「バブル景気」が、この年から静かに動き出していた。街には石井明美の「CHA-CHA-CHA」が流れ、 5月27日にはファミコン用ソフト『ドラゴンクエスト』が発売され、茶の間に新しい遊びを持ち込んでいる。 そんな年、ホールでは平和の『ビッグシューター』が羽根モノに「貯留式」という新しい文法を 持ち込み、当時これを置いていないホールを探すほうが難しいと言われるほどの大ヒットとなった。 名簿上、この年の機種はパチンコ68・パチスロ10の計78機種。羽根モノ革命の裏側では、1号機パチスロの対策機・後継機も立て続けに並んでいる。

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第一章

羽根モノに、革命が起きた年

1986年のホールで最大の事件は、平和の羽根モノ『ビッグシューター』の登場だったと言っていい。 羽根モノは、可動する2枚の羽根(電動チューリップ)が開閉し、入った玉がVゾーンに落ちれば大当たり、 という基本ルールを持つジャンルだが、それまでは玉がVゾーンをすり抜けてしまえばそれっきりだった。 ビッグシューターが持ち込んだのは、入賞した玉を役物の中に一度貯めておき、あらためてVゾーンへ 送り込む「貯留式」という新しい仕組みだった。

この一台の登場で、羽根モノの当たりやすさと見た目の派手さが大きく変わった。当時これを 設置していないホールを探すほうが難しいと言われるほどの大ヒットとなり、以後の羽根モノの 多くが貯留式を踏襲していくことになる。同じ年、SANKYOも『ブルーエンジェル』『エキサイトライダーI』 といった羽根モノを立て続けに投入しており、1986年は「羽根モノ」というジャンルそのものが 勢いを増していた年でもあった。

同じ年、パチスロ側では1号機世代の対策機・派生機が厚く並ぶ。オリンピア『スターダスト』(1月・業界初の外部接点出力とされる)とその対策機『スターダストII』、北電子『ニューキャスター』(前年『キャスター』の対策)、高砂『ワンダーセブンZ』、ニイガタ電子『スーパーゴールド』など——羽根モノの貯留式革命と、1号機スロットの「攻略されにくい台」への寄せ集めが、同じ1986年のホールに同居していた。

貯留式という発想ひとつが、羽根モノというジャンルの寿命を何十年も延ばした。
1986年は、その発想が生まれた年だった。
第二章

ホールの中で、世の中で

🎰 ホールの中
🗾 世の中
1月
スターダスト(オリンピア)——1号機。外部接点出力の初搭載とされる/ベルアルファ(エース電研)
─
2月
トロピカーナ7(メーシー)
21日、任天堂『ディスクシステム』発売
4月
─
26日、チェルノブイリ原発事故
5月
─
27日、エニックス『ドラゴンクエスト』発売/イギリスのダイアナ妃、初来日で「ダイアナフィーバー」
6月
スーパーゴールド(ニイガタ電子)
─
7月
ブルーエンジェル(SANKYO)——役物中央の飛行機が大当たり中に回転する羽根モノ
1日、富士写真フイルム「写ルンです」発売
8月
エキサイトライダーI(SANKYO)——オートバイ型の羽根が左右にスライドする羽根モノ
2日、スタジオジブリ『天空の城ラピュタ』公開
9月
─
土井たか子、社会党委員長に就任。「やるっきゃない」が流行語に
10月
フィーバーミラクル(SANKYO)
─
通年
ビッグシューター(平和)——羽根モノに「貯留式」を初採用。SANKYO羽根モノ群+1号機スロット対策機群。名簿上計78機種(パチンコ68・パチスロ10)
石井明美「CHA-CHA-CHA」大ヒット/おニャン子クラブ全盛(週間1位52週中36週)/少年隊「仮面舞踏会」が『ザ・ベストテン』1位
第三章

この年の音 ── 1986年のヒット曲/オリコン年間シングルランキングTOP10

CHA-CHA-CHA のサムネイル

CHA-CHA-CHA / 石井明美 ── 年間1位・53.0万枚。TBS系ドラマ『男女7人夏物語』(視聴率31.7%)の主題歌としても大ヒットした。

DESIRE -情熱- のサムネイル

DESIRE -情熱- / 中森明菜 ── 年間2位・51.6万枚。動画はWarner Music Japan公式チャンネルによる第37回NHK紅白歌合戦のライブ映像。

仮面舞踏会 のサムネイル

仮面舞踏会 / 少年隊 ── 年間3位・47.8万枚。『ザ・ベストテン』でも1位を獲得した代表曲。

Ban Ban Ban のサムネイル

Ban Ban Ban / KUWATA BAND ── 年間4位・45.1万枚。桑田佳祐が結成した期間限定ユニットの代表曲。動画は公式音源チャンネル「KUWATA BAND - Topic」より。

My Revolution のサムネイル

My Revolution / 渡辺美里 ── 年間5位・44.2万枚。小室哲哉作曲。動画は渡辺美里Official YouTube Channelの【MV】。

恋におちて のサムネイル

恋におちて -Fall in love- / 小林明子 ── 年間6位・40.6万枚。TBS系ドラマ『金曜日の妻たちへIII』主題歌。

ジプシー・クイーン のサムネイル

ジプシー・クイーン / 中森明菜 ── 年間7位・35.8万枚。動画は公式チャンネルによるNHKヤングスタジオ101でのライブ映像。

スキップ・ビート のサムネイル

スキップ・ビート / KUWATA BAND ── 年間8位・35.5万枚。

OH!! POPSTAR のサムネイル

OH!! POPSTAR / チェッカーズ ── 年間9位・35.4万枚。アニメ映画『タッチ』シリーズのタイアップ曲。

青いスタスィオン のサムネイル

青いスタスィオン / 河合その子 ── 年間10位・34.1万枚。おニャン子クラブ全盛期を象徴する1曲。

動画はYouTubeの公開プレイヤーをそのまま埋め込んでいます。再生できない場合は動画側の設定によるものです。

第四章

この年の台

名簿上の1986年機種は計78機種(パチンコ68・パチスロ10)。パチンコは羽根モノ革命の主力8機を、パチスロは1号機の対策機・後継機10機を主役カードにした。残りは年表側の一覧に載せている。 実機写真は使えないため、見つかった実戦・解説動画への入口としてYouTubeサムネイルを表示している(無いものは探したうえで無し)。

ビッグシューターの動画 ▶ パチンコ ─ 羽根モノ

ビッグシューター

平和

入賞球を役物内に貯留させてVゾーンへの再入賞を容易にする「貯留式」を初採用した記念碑的な一台。当時これを設置していないホールを探すほうが難しいと言われるほどの大ヒットとなり、以後の羽根モノの定番手法になった。

調べたこと

羽根モノ(2種)なので大当り確率という項目がない。賞球はオール13、10カウント、最大8ラウンド継続。役物内に入賞球を貯留してVゾーンへの再入賞を助ける「貯留」機構を、羽根モノで初めて搭載した。数値は1情報源のみで、羽根開閉の秒数・貯留数・解除条件・検定番号は見つかっていない。

スーパーコンビIIの動画 ▶ パチンコ ─ 一発台

スーパーコンビII

SANKYO

3つのクルーンに玉が入ると大当たりとなる「一発台」。当たれば一撃で数千発、ホールによっては時間サービスで1万発ということもあったという、この時代らしい高射幸性の一台。

調べたこと

普通機だが、実際にはほぼ一発台として使われた3つ穴クルーン機。賞球はオール13(3情報源一致)。中央クルーンの当たり穴に玉が入ると下のチューリップが開いて大当りになる。役物構造とゲーム性は初代スーパーコンビと同一で、盤面デザインとチューリップの色を変えたもの。総出玉はホールの設定次第。カウント数と検定番号は見つかっていない。

エキサイトライダーIの動画 ▶ パチンコ ─ 羽根モノ

エキサイトライダーI

SANKYO(8月)

オートバイをかたどった羽根が左右にスライドして開閉する羽根モノ。大当たり中はエンジン音が鳴り響き、盤面を左右に動くライダーが玉の動きに絡む。

調べたこと

羽根モノ(2種)なので大当り確率という項目がない。賞球はオール13、10カウント、最大8回継続。羽根はスライド式で、開閉パターンは1回開放と2回開放の2種類。貯留機構は持たない。検定番号は見つかっていない。

ブルーエンジェルの動画 ▶ パチンコ ─ 羽根モノ

ブルーエンジェル

SANKYO(7月)

役物中央の飛行機が大当たり中に回転し、玉の動きに変化をつける仕掛けの羽根モノ。

調べたこと

大当り中に飛行機の役物が上下に回転してV入賞を助ける羽根モノ(旧要件)。賞球・カウント数・最大継続回数・羽根開閉の秒数・貯留・検定番号は、どの資料にも記載が見つかっていない。SANKYO公式の機種詳細ページはボット遮断で本文が読めず、パチンコビレッジにも登録がない。

フィーバーミラクルの動画 ▶ パチンコ

フィーバーミラクル

SANKYO(10月)

SANKYOのフィーバーシリーズの一台。詳しい仕様の資料は乏しいが、この時期のSANKYOはすでにフィーバー機の量産期に入っていた。

調べたこと

ドラム式のデジパチ(1種・旧要件なので確変はない)。賞球は1&13(ヘソ入賞は1個戻し)、10カウント、最大10回継続。ストップボタンを備え、図柄は7・JAC・WIN・FEVER・BAR(1情報源のみ)。大当り確率は資料でも「不明」とされている。※名称はSANKYO公式年表が「フィーバーミラクル」、パチンコビレッジが「フィーバーミラクルⅡ」で食い違う。

パチンコ

ムーンライト

SANKYO

SANKYOオンライン博物館に1986年機として掲載。同年の『スーパーコンビII』『ブルーエンジェル』『エキサイトライダーI』などと並ぶラインナップの一台。大一の後年機『ムーンライト2』やコナミの同名パチスロとは別物。

調べたこと

SANKYO公式の機種年表に「1986 ムーンライト」として掲載があり、存在と年は確認できた。ただし賞球・機種タイプ・その他の数値はいずれも見つかっていない。公式の機種詳細ページはボット遮断で読めず、パチンコビレッジにSANKYO機の登録はない。※奥村遊機(1988年6月)と大一商会(1992年9月)に同名の別機種がある。

パチンコ

シャトルキング

SANKYO

SANKYOオンライン博物館に1986年機として掲載。前年の『シャトル』や同年前後の『キングスター』系譜と同時代の名称だが、別機種として博物館に収録される。賞球数・役物の一次資料と個別実戦動画は現時点で確認できていない。

調べたこと

SANKYO公式の機種年表に「1986 シャトルキング」として掲載があり、存在と年は確認できた。ただし賞球・機種タイプ・その他の数値はいずれも見つかっていない。発売月も公式年表が「1986」までしか記していない。

パチンコ

フラッシュゴールドI

SANKYO

SANKYOオンライン博物館に1986年機として掲載。翌1987年の『フィーバーゴールドI』とは別機種で、名称に「フラッシュ」「ゴールド」を冠した1986年ラインナップの一台。個別の実戦動画は見つからなかった。

調べたこと

資料が見つからなかった。存在と年が確認できるのはSANKYO公式の機種年表の1986年枠だけ。※「I」が付いているが続編があるとは限らない。SANKYO公式年表の1985〜89年を全件確認したが『フラッシュゴールドII』は存在しない。1980年代のSANKYOは続編の有無に関係なく型式名に「I」を付けるのが常態で、エキサイトライダーI(1986年8月)、ファイアーセブンI(1987年2月)、フラッシュスターI(1988年7月)、ビッグウェーブI(1988年8月)はいずれもIIが年表に無い。「シリーズの初代」と書かないこと。※1987年4月の『フィーバーゴールドI』とは別機種。

パチスロ ─ 1号機

スターダスト

オリンピア(1月)

1986年1月7日導入とされるオリンピアの1号機。業界リーチ資料では「初の外部接点出力搭載」として挙げられ、吸い込み方式のテーブル抽選とREG絵柄が7という構成が特徴とされる。波の荒さから対策機『スターダストII』が同年中に投入された。

調べたこと

1号機。吸い込み方式(テーブル抽選方式)を採用し、BIG図柄は「SUPER」、REG図柄は「7」。設定推測を阻む「闇天井」を搭載していた。オリンピアの本土進出機。設定別の出玉率・ボーナス確率・獲得枚数は、どの資料にも記載が見つかっていない。

スターダストIIの動画 ▶ パチスロ ─ 1号機

スターダストII年 要確認

オリンピア

同年『スターダスト』の対策機として投入された兄弟機。吸い込み/テーブル抽選の荒波を抑えにいった一台で、公開スペック表は薄く、初代との差分細部までは資料により記述が割れる。

調べたこと

1号機。1回交換用だった「スターダスト」を無制限営業用に改良した機種で、それ以外の仕様はスターダストとほぼ同じ。数値は一切見つかっていない。※ニューギンの「スターダスト2」(1990年のパチンコ機)、オリンピアの「スーパースターダスト2」(1999年の4号機)、「ニュースターダストⅡ」(1987年の1.5号機)はいずれも別機種。

パチスロ ─ 1号機

ニューキャスター年 要確認

北電子

前年『キャスター』で発覚した変則打ちによる小役抜きへの対策機。のち1987年『ニューキャスターII』(1.5号機)へと続く。パネルに魚が描かれた系譜として語られることも多い。

調べたこと

「キャスター」系列の小役周期タイプで、吸い込み方式。数値は見つかっていない。※北電子の公式アーカイブには「モンスターパートV キャスター」(1985年8月)と「モンスターパートV ニューキャスターⅡ」(1987年3月)しか掲載がなく、この無印の機種は載っていない。実在と年の両方に確認が必要。

ニューデートラインの動画 ▶ パチスロ ─ 1号機

ニューデートライン年 要確認

興進産業

1985年『デートライン』の後継枠。のち1.5号機『デートライン21』(1987)や2号機『デートラインZ-1』(1988)へと続くデートライン系譜の中間世代。個別の出玉設計の一次資料は薄い。

調べたこと

1号機。出玉率 設定1で77.9%・設定2で101.8%・設定3で107.5%・設定4で110.4%・設定5で121.2%・設定6で135.0%。BIG確率 設定1で1/812.8〜設定6で1/232.2、REG確率 設定1で1/411.2〜設定6で1/117.4(いずれも1情報源のみ)。前作「デートライン」のプログラム不具合対策機だが、ハサミ打ちで7をテンパイさせて下パネルを叩くとBIG成立状態になる攻略法が発覚し、早期に撤去された。

パチスロ ─ 1号機

ファイアーバード7年 要確認

瑞穂製作所

前年9月『ファイアーバード』の系譜を継ぐ一台。のち1.5号機『ファイアーバード7U』(1987)や2号機『ファイアーバードEX』(1988)へとつながる、瑞穂バード系ブランド初期の名簿上の兄弟機。

調べたこと

1号機。「遅れ」による告知機能を搭載していた。設置後まもなく1.5号機「ファイアーバード7U」へ改修されたため設置期間が短い。この機種そのものの数値は見つかっておらず、7Uの数値(BIG確率 設定0で1/315.1〜設定5で1/221.4、REG確率 設定0で1/170.7〜設定5で1/120.5、設定表記は0〜5)を流用することは避けた。

フォーチュンワンZの動画 ▶ パチスロ ─ 1号機

フォーチュンワンZ年 要確認

パイオニア

前年7月『フォーチュンワン』のZ仕様。のち1.5号機『フォーチュンワンII』(1987)へと続く。名称以外の賞球・役構成の一次資料は乏しく、シリーズ名の継続枠として名簿に残る。

調べたこと

1号機。BIG確率とREG確率は同値で、設定1で1/420・設定2で1/364・設定3で1/341・設定4で1/321・設定5で1/287・設定6で1/227(1情報源のみ)。出玉率と獲得枚数は記載がない。数値は素名の「フォーチュンワン」と完全に同一で、Z固有の値ではなく素機の値である可能性がある。

パチスロ ─ 1号機

ワンダーセブンZ年 要確認

高砂電器

1985年7月に1号機第1弾として承認された初代『ワンダーセブン』のZ仕様。のち1.5号機『ワンダーセブンII』や3号機期のドリームセブン系へと続く高砂セブン路線の途中経過。

調べたこと

1号機。出玉率 設定1で80.0%・設定2で88.0%・設定3で93.0%・設定4で99.0%・設定5で105.0%・設定6で115.0%。BIG確率とREG確率は同値で設定1で1/420.1〜設定6で1/227.6(1情報源のみ)。永久チェリー抜き攻略法が発覚した「ワンダーセブン」の代替機。数値は素名と完全一致するため、素機の値の流用である可能性がある。

パチスロ ─ 1号機

ベルアルファ年 要確認

エーアイ(1月)

エース電研(のちエーアイ→大都技研につながる系譜)名義の1号機として名簿に残る。水着キャラパネルの初代は「お蔵入り/未リリース」とする社員証言系の二次資料もあり、実ホール展開の有無は要確認。後継は1.5号機『ベルアルファマークIII』(1987)。

調べたこと

のちに『吉宗』『押忍!番長』を生む大都技研の前身が世に出した最初のパチスロ。同社は1980年に「エース電研販売」として設立され、1982年にエーアイへ改称しているので、1986年時点の社名はエーアイ(現存するパチンコメーカーの「エース電研」とは別会社)。ただしメーカー史でも「ファンにエーアイの名前が広く知られるようになったのは2号機以降」と書かれるほど話題にはならず、リール配列やボーナス確率の一次資料はほとんど残っていない。1987年7月に1.5号機『ベルアルファマークIII』が続いた。※以前ここに書いていた「水着キャラパネルの初代はお蔵入り/未リリース」は裏が取れなかったため取り下げた。お蔵入りとされているのは4号機期の別機種『ランドマーク』である。

トロピカーナ7の動画 ▶ パチスロ ─ 1号機

トロピカーナ7

メーシー(2月)

1986年2月6日導入とされるメーシーの1号機。ユニバーサル系列のトロピカーナ系譜を1号機規則に載せた一台で、のち『トロピカーナ7X』や2号機『トロピカーナA/777』へと続く南国モチーフ路線の起点のひとつ。

調べたこと

ユニバーサル系メーシー販売の1号機で、ユニバーサル『アメリカーナXX』・瑞穂製作所『ファイアーバード7』と内部を同じくする兄弟機。リール始動が一瞬遅れる「遅れ」でボーナス成立を察知できたが、それ以上に知られたのが「BAR抜き」で、REGを確認したあと18プレイのあいだ小役を外し続け、19プレイ目にBARを揃えると、REG消化後も小役が揃い続けて400枚前後のコインが引き出せた。この攻略法を受けて基板が改修され、名前を変えて1987年5月に1.5号機『トロピカーナ7X』として出し直されている。※獲得枚数は資料により400枚と500〜700枚で食い違う。※同名機が非常に多い(0号機『トロピカーナ』、沖縄『トロピカーナ7UP』、1.5号機『7X』『7S』、2号機『トロピカーナA』、2023年『スマスロ トロピカーナ』)。

パチスロ ─ 1号機

スーパーゴールド

ニイガタ電子(6月)

1986年6月30日導入とされるニイガタ電子の1号機。のち『スーパーゴールドII』(1987)や、同社が手がける2号機『アラジン』(有力説1989)以前のニイガタ期を示す名簿上の一台。個別の役構成一次資料は薄い。

調べたこと

のちに2号機の大ヒット『アラジン』を送り出すニイガタ電子精機の1号機。実機収集家の回想では、通っていたホールの島の半分が本機で埋まり平日でも7割が稼働していたという人気機で、同時に「ベル抜き」という攻略法が知られていた。同じ島に並んでいた1.5号機『ハイアップターボ』のチェリー抜きと比べてコインの抜ける速度が桁違いに速く、集団でやっていた客が店長に事務所へ呼ばれた——という当時の空気を伝える証言も残っている。1987年10月に1.5号機『スーパーゴールドII』が続いた。※設定別確率・天井・出玉率はどこにも見つかっていない。※マルホン工業のパチンコ『スーパーゴールド』(1991年12月)は別物。

サムネイルはYouTube公式が提供する画像です。クリックすると各動画のページが開きます。ムーンライト・シャトルキング・フラッシュゴールドIおよび1号機スロット各機は、探したうえで個別に紐づく公式/準公式動画を見つけられませんでした。

この年に名簿へ載せている18機種を、すべてここに掲載しています。 1986年の78機種を年表で見る →

全機種一覧

1986年に導入された78機種を、導入月の順に並べています。種別ボタンで絞り込めます。

読み込み中…

年表でも同じ一覧を見られます。 1986年の全機種を年表で見る →

第五章

あの頃の空気 ── アイドルブームと、新しい遊びの誕生

この年、パチンコホールの外ではおニャン子クラブが全盛期を迎えていた。1986年のオリコン週間シングルチャートで 1位を獲得した46曲のうち30曲がおニャン子クラブ関連曲で占められ、52週のうち36週で1位を独占するという驚異的な ブームだったという。年間シングルTOP10に入った河合その子「青いスタスィオン」も、このブームのまっただ中での ヒットだった。テレビの主題歌では、石井明美「CHA-CHA-CHA」がTBS系ドラマ『男女7人夏物語』(視聴率31.7%)の 主題歌として街を席巻し、少年隊「仮面舞踏会」もこの年『ザ・ベストテン』で1位を獲得している。

遊び方そのものも変わり始めていた。5月27日、エニックス(現・スクウェア・エニックス)がファミリーコンピュータ用 ソフト『ドラゴンクエスト』を発売。当時のゲーム誌が「この名前を聞いたことのない人はお年寄りぐらい」と評した ほど浸透し、アクションゲームが主流だったファミコン市場に、RPGという新しいジャンルを定着させた一本になる。 7月1日には富士写真フイルムの使い捨てカメラ「写ルンです」が発売され、半年で100万本、1年で300万本を 売り上げる大ヒットに。8月2日には、スタジオジブリ初の完全新作アニメ映画『天空の城ラピュタ』が公開された。

世の中に目を向けると、この年は激動と好況の入り口でもあった。4月26日、チェルノブイリ原発事故が発生。76年 ぶりに接近したハレー彗星が話題になり、5月にはイギリスのダイアナ妃が初来日して「ダイアナフィーバー」を 巻き起こす。9月には土井たか子が社会党委員長に就任し、女性党首の誕生とともに「やるっきゃない」が流行語に なった。そして地価と株価が上がり続けるバブル景気が、この年からゆっくりと動き出していた。

この年の顔

その年のCMには、当時よく見た顔がそのまま映っている。街の記録や、公式チャンネルに残っている映像とあわせて。

1986年の懐かしいCM集 Japanese TV Commercials 1986のサムネイル

1986年の懐かしいCM集 Japanese TV Commercials 1986 ── この年に流れていたテレビCMをまとめた映像。当時の商品と、画面に出ていた顔がそのまま残っている。(懐かしいCM__ Nostalgic Japanese commercial)

動画はYouTubeの公開プレイヤーをそのまま埋め込んでいます。

第六章

『ドラゴンクエスト』と、生まれたばかりのRPGブーム

ホールの外側では、まったく新しい遊びが産声を上げていた年でもある。5月27日、エニックスが発売した ファミリーコンピュータ用ソフト『ドラゴンクエスト』は、その後何十年も続くシリーズの第一作となった。 当時のファミコン市場はアクションゲームやシューティングゲームが主流で、コマンドを選びながらじっくり 進めるロールプレイングゲームは一般にはなじみの薄いジャンルだった。それを一気にお茶の間レベルまで 広げたのが本作で、発売当時のゲーム誌には「この名前を聞いたことのない人はおそらくお年寄りぐらい」と 書かれるほどの浸透ぶりだったという。

同じ年の2月21日には、より大容量のソフトに対応する周辺機器『ディスクシステム』も発売されている。 ハードの進化と新ジャンルの誕生が同じ年に重なったことが、翌年以降の『ドラゴンクエストII』、そして ファミコン最盛期への助走になった。ホールの中で羽根モノや一発台が独自の進化を続けていたのと同じ時期、 家庭のテレビの前でも、まったく別の「遊び方」が生まれつつあった。

第七章

数字で見る1986

78機種名簿上の1986年パチンコ・パチスロ(パチンコ68/パチスロ10)
53.0万枚石井明美「CHA-CHA-CHA」の年間売上枚数。1986年オリコン年間シングル1位
36/52週1986年のオリコン週間シングル1位のうち、おニャン子クラブ関連曲が占めた週数
1986年5月27日『ドラゴンクエスト』発売日。ファミコンにRPGというジャンルを定着させた一本
300万本写ルンです(富士写真フイルム)の発売初年度の販売本数。半年で100万本を突破
4円貸玉料金。1979年から据え置き、この後も長く変わらない
1986年4月26日チェルノブイリ原発事故
1986年バブル景気が、この年から地価と株価の上昇とともに動き出す
第八章

あなたの1986年

この年、あなたはどこで何をしていましたか。

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