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パチンコ ─ 羽根モノ
ビッグシューター
平和入賞球を役物内に貯留させてVゾーンへの再入賞を容易にする「貯留式」を初採用した記念碑的な一台。当時これを設置していないホールを探すほうが難しいと言われるほどの大ヒットとなり、以後の羽根モノの定番手法になった。
特集 ─ 昭和61年
1986
1986年、日本は激動と好況の入り口に立っていた。4月26日、チェルノブイリ原発事故が起こり、 76年ぶりに接近するハレー彗星が話題になる。そして地価と株価が上がり続ける 「バブル景気」が、この年から静かに動き出していた。街には石井明美の「CHA-CHA-CHA」が流れ、 5月27日にはファミコン用ソフト『ドラゴンクエスト』が発売され、茶の間に新しい遊びを持ち込んでいる。 そんな年、ホールでは平和の『ビッグシューター』が羽根モノに「貯留式」という新しい文法を 持ち込み、当時これを置いていないホールを探すほうが難しいと言われるほどの大ヒットとなった。 記録に残るだけでも8機種の新台が、この年ホールに登場している。
← 思い出年表にもどる1986年のホールで最大の事件は、平和の羽根モノ『ビッグシューター』の登場だったと言っていい。 羽根モノは、可動する2枚の羽根(電動チューリップ)が開閉し、入った玉がVゾーンに落ちれば大当たり、 という基本ルールを持つジャンルだが、それまでは玉がVゾーンをすり抜けてしまえばそれっきりだった。 ビッグシューターが持ち込んだのは、入賞した玉を役物の中に一度貯めておき、あらためてVゾーンへ 送り込む「貯留式」という新しい仕組みだった。
この一台の登場で、羽根モノの当たりやすさと見た目の派手さが大きく変わった。当時これを 設置していないホールを探すほうが難しいと言われるほどの大ヒットとなり、以後の羽根モノの 多くが貯留式を踏襲していくことになる。同じ年、SANKYOも『ブルーエンジェル』『エキサイトライダーI』 といった羽根モノを立て続けに投入しており、1986年は「羽根モノ」というジャンルそのものが 勢いを増していた年でもあった。
CHA-CHA-CHA / 石井明美 ── 年間1位・53.0万枚。TBS系ドラマ『男女7人夏物語』(視聴率31.7%)の主題歌としても大ヒットした。
DESIRE -情熱- / 中森明菜 ── 年間2位・51.6万枚。動画はWarner Music Japan公式チャンネルによる第37回NHK紅白歌合戦のライブ映像。
仮面舞踏会 / 少年隊 ── 年間3位・47.8万枚。『ザ・ベストテン』でも1位を獲得した代表曲。
Ban Ban Ban / KUWATA BAND ── 年間4位・45.1万枚。桑田佳祐が結成した期間限定ユニットの代表曲。動画は公式音源チャンネル「KUWATA BAND - Topic」より。
My Revolution / 渡辺美里 ── 年間5位・44.2万枚。小室哲哉作曲。動画は渡辺美里Official YouTube Channelの【MV】。
恋におちて -Fall in love- / 小林明子 ── 年間6位・40.6万枚。TBS系ドラマ『金曜日の妻たちへIII』主題歌。
ジプシー・クイーン / 中森明菜 ── 年間7位・35.8万枚。動画は公式チャンネルによるNHKヤングスタジオ101でのライブ映像。
スキップ・ビート / KUWATA BAND ── 年間8位・35.5万枚。
OH!! POPSTAR / チェッカーズ ── 年間9位・35.4万枚。アニメ映画『タッチ』シリーズのタイアップ曲。
青いスタスィオン / 河合その子 ── 年間10位・34.1万枚。おニャン子クラブ全盛期を象徴する1曲。
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パチンコ ─ 羽根モノ
入賞球を役物内に貯留させてVゾーンへの再入賞を容易にする「貯留式」を初採用した記念碑的な一台。当時これを設置していないホールを探すほうが難しいと言われるほどの大ヒットとなり、以後の羽根モノの定番手法になった。
3つのクルーンに玉が入ると大当たりとなる「一発台」。当たれば一撃で数千発、ホールによっては時間サービスで1万発ということもあったという、この時代らしい高射幸性の一台。
オートバイをかたどった羽根が左右にスライドして開閉する羽根モノ。大当たり中はエンジン音が鳴り響き、盤面を左右に動くライダーが玉の動きに絡む。
役物中央の飛行機が大当たり中に回転し、玉の動きに変化をつける仕掛けの羽根モノ。
SANKYOのフィーバーシリーズの一台。詳しい仕様の資料は乏しいが、この時期のSANKYOはすでにフィーバー機の量産期に入っていた。
詳しい記録は乏しいが、この年の空気を伝える一台。
詳しい記録は乏しいが、この年の空気を伝える一台。
詳しい記録は乏しいが、この年の空気を伝える一台。
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この年に記録が残っている8機種を、すべてここに掲載しています。 1986年の全機種を年表で見る →
この年、パチンコホールの外ではおニャン子クラブが全盛期を迎えていた。1986年のオリコン週間シングルチャートで 1位を獲得した46曲のうち30曲がおニャン子クラブ関連曲で占められ、52週のうち36週で1位を独占するという驚異的な ブームだったという。年間シングルTOP10に入った河合その子「青いスタスィオン」も、このブームのまっただ中での ヒットだった。テレビの主題歌では、石井明美「CHA-CHA-CHA」がTBS系ドラマ『男女7人夏物語』(視聴率31.7%)の 主題歌として街を席巻し、少年隊「仮面舞踏会」もこの年『ザ・ベストテン』で1位を獲得している。
遊び方そのものも変わり始めていた。5月27日、エニックス(現・スクウェア・エニックス)がファミリーコンピュータ用 ソフト『ドラゴンクエスト』を発売。当時のゲーム誌が「この名前を聞いたことのない人はお年寄りぐらい」と評した ほど浸透し、アクションゲームが主流だったファミコン市場に、RPGという新しいジャンルを定着させた一本になる。 7月1日には富士写真フイルムの使い捨てカメラ「写ルンです」が発売され、半年で100万本、1年で300万本を 売り上げる大ヒットに。8月2日には、スタジオジブリ初の完全新作アニメ映画『天空の城ラピュタ』が公開された。
世の中に目を向けると、この年は激動と好況の入り口でもあった。4月26日、チェルノブイリ原発事故が発生。76年 ぶりに接近したハレー彗星が話題になり、5月にはイギリスのダイアナ妃が初来日して「ダイアナフィーバー」を 巻き起こす。9月には土井たか子が社会党委員長に就任し、女性党首の誕生とともに「やるっきゃない」が流行語に なった。そして地価と株価が上がり続けるバブル景気が、この年からゆっくりと動き出していた。
ホールの外側では、まったく新しい遊びが産声を上げていた年でもある。5月27日、エニックスが発売した ファミリーコンピュータ用ソフト『ドラゴンクエスト』は、その後何十年も続くシリーズの第一作となった。 当時のファミコン市場はアクションゲームやシューティングゲームが主流で、コマンドを選びながらじっくり 進めるロールプレイングゲームは一般にはなじみの薄いジャンルだった。それを一気にお茶の間レベルまで 広げたのが本作で、発売当時のゲーム誌には「この名前を聞いたことのない人はおそらくお年寄りぐらい」と 書かれるほどの浸透ぶりだったという。
同じ年の2月21日には、より大容量のソフトに対応する周辺機器『ディスクシステム』も発売されている。 ハードの進化と新ジャンルの誕生が同じ年に重なったことが、翌年以降の『ドラゴンクエストII』、そして ファミコン最盛期への助走になった。ホールの中で羽根モノや一発台が独自の進化を続けていたのと同じ時期、 家庭のテレビの前でも、まったく別の「遊び方」が生まれつつあった。
この年、あなたはどこで何をしていましたか。