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パチスロ ─ 1号機
アメリカーナXX
ユニバーサル販売改正風営法のもとで誕生した『パチスロ1号機』を代表する一台。以後長く続くパチスロ文化の出発点になった。動画は珍古台(レトロパチスロ実機保存)チャンネルより。
特集 ─ 昭和60年
1985
2月13日、大幅に改正された風俗営業等取締法(新風営法)が施行される。それまで都道府県ごとにバラバラだった基準が統一され、パチスロ(回胴式遊技機)が初めて全国共通のルールを持つ正式な遊技機として法律に位置づけられた。ユニバーサル販売『アメリカーナXX』、日活興業『パルサーXX』、山佐『プラネット』——のちに何世代も続くシリーズの初代機が、この年いっせいに登場している。世の中に目を向ければ、8月12日には日本航空123便墜落事故という戦後最大級の航空惨事があり、3月からはつくば科学万博が幕を開け、10月には阪神タイガースが21年ぶりの日本一に沸いた。街ではチェッカーズの『ジュリアに傷心』が年間シングルチャートを独走し、記録に残るだけでこの年24機種のパチンコ・パチスロが新たにホールへ並んでいる。
← 思い出年表にもどる1985年2月13日、大幅に改正された風俗営業等取締法(新風営法)が施行された。それまでパチスロ(回胴式遊技機)は都道府県ごとに基準がバラバラで、いわゆる『0号機』と呼ばれる無秩序な時代が続いていたが、この改正で初めて全国共通の技術上の基準が定められ、正式な遊技機として法律上に位置づけられる。
審査を担ったのが保安電子通信技術協会(保通協)。1982年に設立されていたこの団体が、1985年2月、国家公安委員会から遊技機の試験・型式試験の指定試験機関に指定され、業務を開始した。以後、パチスロの新台はすべてこの保通協の検定を通ることになる——現在まで続く仕組みの出発点が、この年にできあがった。
この基準のもとで生まれたのが『1号機』と呼ばれる第一世代。ユニバーサル販売のアメリカーナXX、日活興業のパルサーXX、山佐のプラネットなど、のちに何世代も続くシリーズの初代機がこの年に登場した。ボーナスゲームの基本的な考え方もこの頃に確立し、以後のパチスロのゲーム性の土台になっていく。
1985年・昭和60年はパチンコにとって大きな意味がある年でした! ── なぜこの年が業界にとって重要だったのかを、資料映像とともに振り返る解説動画。
【パチンコ裏史】パチンコ100年の規制の歴史を一気に解説 ── 大正から令和まで、規制の変遷を通してパチンコ史全体を俯瞰できる解説動画。1985年の新風営法にも触れている。
動画はYouTubeの公開プレイヤーをそのまま埋め込んでいます。
ジュリアに傷心 / チェッカーズ ── 年間1位・70万2,990枚。1984年11月発売、チェッカーズ最大のヒット曲で1985年の年間シングルチャートを制した。
ミ・アモーレ / 中森明菜 ── 年間2位・63万700枚。この年の日本レコード大賞を受賞。動画はワーナーミュージック・ジャパン公式チャンネルの第36回NHK紅白歌合戦(1985/12/31)出演映像。
恋におちて -Fall in love- / 小林明子 ── 年間3位・54万7,520枚。8月31日発売。TBS系ドラマ『金曜日の妻たちへⅢ』主題歌として大ヒットした。
Romanticが止まらない / C-C-B ── 年間4位・51万6,750枚。1月25日発売、C-C-Bの3rdシングル。TBS系ドラマ『毎度おさわがせします』の主題歌に起用された。
あの娘とスキャンダル / チェッカーズ ── 年間5位・51万6,340枚。3月21日発売。動画は自動生成の公式レーベルチャンネル『The Checkers - Topic』より。
飾りじゃないのよ涙は / 中森明菜 ── 年間6位・51万5,180枚。1984年12月発売だが年間集計は1985年に反映。動画はワーナーミュージック・ジャパン公式チャンネルより。
SAND BEIGE -砂漠へ- / 中森明菜 ── 年間7位・46万680枚。6月19日発売。動画はワーナーミュージック・ジャパン公式チャンネルのNHK『レッツゴーヤング』1985年10月20日出演回。
俺たちのロカビリーナイト / チェッカーズ ── 年間8位・44万7,240枚。動画は自動生成の公式レーベルチャンネル『The Checkers - Topic』より。
悲しみにさよなら / 安全地帯 ── 年間9位・44万3,340枚。アルバム『安全地帯IV』収録曲。玉置浩二作曲。
天使のウィンク / 松田聖子 ── 年間10位・41万4,070枚。1月30日発売。尾崎亜美が作詞作曲、ダイハツ車のイメージソングだった。
動画はYouTubeの公開プレイヤーをそのまま埋め込んでいます。再生できない場合は動画側の設定によるものです。
実機の写真は使えないため、当時の実戦動画・解説動画への入口として、YouTube公式のサムネイルを表示しています(対応する動画があるものだけ)。
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パチスロ ─ 1号機
改正風営法のもとで誕生した『パチスロ1号機』を代表する一台。以後長く続くパチスロ文化の出発点になった。動画は珍古台(レトロパチスロ実機保存)チャンネルより。
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パチスロ ─ 1号機
1985年9月登場の1号機。設定6のペイアウト率は131.8%に達したとされ、のちに『パルサー』シリーズとして長く続くシリーズ名の始祖になった。
1号機の代表格のひとつ。山佐の看板シリーズ『プラネット』の初代機で、のちに『スーパープラネット』『ネオプラネット』などへ続いていく。1985年当時の実機動画は見つからず。
1号機第1弾として承認された4機種のひとつ。メーカーの記録は今回も確認できなかった。
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パチスロ ─ 1号機
北電子の1号機『キャスター』シリーズの一台。現存する実機や資料が非常に少なく、レトロパチスロ愛好家の間で語り継がれる希少機。動画はTURBO CHANNELより。
1号機世代の一台。発売月など詳細な記録は乏しい。
1号機世代の一台。のちに1.5号機時代の『ニューペガサス』へと発展したシリーズの初代。
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パチンコ ─ 一発台
センター役物のクルーンで玉を振り分ける、一発台の元祖的存在。1986年には後継機『スーパーコンビII』が登場している。動画はレトロパチンコ専門店より。
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パチンコ ─ 羽根モノ
羽根モノ。1980年の10カウント規制後に登場したヒット作で、派手なラウンド玉のアクションが人気を集めた。
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パチンコ ─ 羽根モノ
羽根モノ。Vゾーンへのダンクシュート演出が持ち味の一台。動画のタイトルにも『1985年』と明記されている。
この年のSANKYOのレギュラーラインナップの一台。詳しい仕様の記録は乏しい。
この年のSANKYOのレギュラーラインナップの一台。詳しい仕様の記録は乏しい。
この年のSANKYOのレギュラーラインナップの一台。詳しい仕様の記録は乏しい。
この年のSANKYOのレギュラーラインナップの一台。翌年には後継機『アリゲーターII』が登場している。
機種名に西暦を冠した一台。SANKYOのこの年のレギュラーラインナップのひとつ。
サムネイルはYouTube公式が提供する画像です。クリックすると各動画のページが開きます。
ほか10機種。 1985年の全機種を年表で見る →
1985年、若者のファッションは「DCブランド」(デザイナーズ&キャラクターズブランド)の時代を迎えていた。渋谷・新宿の丸井はこの年、DCブランド中心のファッションビルへと姿を変え、「丸井の赤いカード」を手にした若者たちが、背伸びして高価なデザイナーズものを買い求めた。モノトーンを基調にした着こなしが、街の主流になっていく。
本屋の棚では、『週刊少年ジャンプ』で連載中の『ドラゴンボール』(連載開始は前年1984年11月20日)が、まだ掲載順7位前後という時期だった。年末、12月発売の1986年1・2合併号からは新連載『聖闘士星矢』がスタート。『北斗の拳』『キン肉マン』も連載中で、のちの黄金期に向けて誌面の顔ぶれが少しずつ揃いはじめていた年でもある。
ホールの外、家庭とゲームセンターでも大きな出来事があった。9月13日、任天堂が『スーパーマリオブラザーズ』を発売。ファミリーコンピュータ用ソフトとして爆発的に売れ、子どもの遊びの中心が駄菓子屋の据え置きゲーム機から、茶の間のテレビへと移っていく転換点になった。
【1985年 昭和60年】懐かしいTVCM集 ── その年に流れていたCMをまとめた懐かしのテレビ映像。当時の商品・ファッション・空気感がそのまま残っている。
昭和の新宿駅(夕刻)1985年 ── アーカイブ映像。旧小田急ロゴが残る、当時の新宿駅前の景色。
動画はYouTubeの公開プレイヤーをそのまま埋め込んでいます。
この年、あなたはどこで何をしていましたか。