▶
パチンコ ─ 権利物
モトクロス
SANKYO1985年の規則制定より前の初期権利物。単発打ちで大当りを狙うタイプで、現存台数が少なく「レア台」として知られる。動画はレトロパチンコ専門チャンネルの実戦映像。
特集 ─ 昭和58年
1983
4月15日、千葉県浦安市に東京ディズニーランドが開園し、初年度だけで1,036万人が訪れた。7月15日には任天堂のファミリーコンピュータが14,800円で発売され、のちに茶の間の主役になる家庭用ゲーム機が静かに産声を上げている。5月26日には日本海中部地震が秋田・青森を襲い、104人が犠牲になった。NHK朝ドラ『おしん』は平均視聴率52.6%というドラマ史上最高記録をたたき出し、街には大川栄策『さざんかの宿』が流れていた。パチンコホールでは、前年に生まれたばかりの新ジャンル「権利物」がまだ手探りで広がっていた時期——SANKYOの『モトクロス』『ビッグハンド』、京楽産業の『ビッグロータリー』など、単発打ちで大当りを狙う一発台が各地のホールに置かれ始めていた。
← 思い出年表にもどる1983年のホールには、前年に生まれたばかりの新しいジャンル「権利物」が、 まだ手探りで広がっていた。単発打ちで大当りを狙う、それまでの連チャン機とは 違うゲーム性——SANKYOはこの年、『モトクロス』『ビッグハンド』『アクションゲート』 『ムーラン』と立て続けに権利物をラインアップに並べ、京楽産業も 『ビッグロータリー』を送り出している。
『ビッグハンド』はセンター役物の可動アーム、『アクションゲート』は 「チータチューリップ」と呼ばれる機構、『ビッグロータリー』は回転体で 玉の行方を左右する仕掛け——のちの人気機『アメリカンドリーム』の原型に なったとされている。各社が知恵を絞ってさまざまな役物を試していた時代で、 いまも現存台数が少ない「レア台」として語り継がれる機種が多い。
5位「氷雨/佳山明生」は、確実に本人音源と確認できる動画を見つけられなかったため割愛しています。
さざんかの宿 / 大川栄策 ── 年間1位・105.9万枚。有線放送発の演歌で、大川栄策最大のヒット曲。
矢切の渡し / 細川たかし ── 年間2位・90.8万枚。2月21日発売、第25回日本レコード大賞受賞曲。
めだかの兄妹 / わらべ ── 年間3位・88.5万枚。TBS系「欽ちゃんのどこまでやるの!」発の子役ユニット、わらべのヒット曲。
探偵物語 / 薬師丸ひろ子 ── 年間4位・84.1万枚。5月25日発売、同名映画の主題歌。作詞・松本隆、作曲・大瀧詠一。
CAT'S EYE / 杏里 ── 年間6位・73.8万枚。TVアニメ『キャッツ・アイ』主題歌。動画は本人公式チャンネルの2000年セルフカバー版。
ガラスの林檎 / 松田聖子 ── 年間7位・70.1万枚。細野晴臣が作編曲を手がけた8月発売のシングル。
セカンド・ラブ / 中森明菜 ── 年間8位・65.6万枚。1982年11月発売の3rdシングルが翌年の年間チャートにランクイン。
フラッシュダンス…ホワット・ア・フィーリング / アイリーン・キャラ ── 年間9位・63.8万枚。映画『フラッシュダンス』主題歌。洋楽勢で唯一のトップ10入り。
め組のひと / ラッツ&スター ── 年間10位・62.2万枚。資生堂の夏のキャンペーンソングとしてブレイクした4月発売シングル。
動画はYouTubeの公開プレイヤーをそのまま埋め込んでいます。再生できない場合は動画側の設定によるものです。
実機の写真は使えないため、当時の実戦動画・解説動画への入口として、YouTube公式のサムネイルを表示しています(対応する動画があるものだけ)。
▶
パチンコ ─ 権利物
1985年の規則制定より前の初期権利物。単発打ちで大当りを狙うタイプで、現存台数が少なく「レア台」として知られる。動画はレトロパチンコ専門チャンネルの実戦映像。
▶
パチンコ ─ 権利物
羽根モノに近いゲーム性を持つ一台。センター役物の可動アーム「ビッグハンド」が特徴で、始動チャッカーの位置によって羽根の開閉パターンが変わり、中央のVポケットへの再入賞で最大8ラウンドまで継続する。茨城・群馬などのホールへの設置記録が残る。
「チータチューリップ」と呼ばれる機構が特徴。天下穴への入賞で盤面中央上部のチューリップが開放され、開放中に始動チャッカーへ入賞するとアタッカーが一定時間開く。福島・栃木・茨城・群馬・山梨など東日本各地への設置記録が残る。
モトクロス・ビッグハンド・アクションゲートと同じ、1983年のSANKYOラインアップの一台。賞球はALL13。公式記録にも詳しい仕様や画像が乏しく、実態がよく分かっていない一台。
▶
パチンコ ─ 権利物
回転体を使って玉の行方を左右する権利物。のちの人気機『アメリカンドリーム』の原型とされ、現存数の少ない激レア機とされている。動画はレトロパチンコ専門チャンネルの実戦映像。
サムネイルはYouTube公式が提供する画像です。クリックすると各動画のページが開きます。
4月15日、千葉県浦安市に東京ディズニーランドが開園した。目標だった年間1,000万人を上回る1,036万人が初年度だけで訪れ、それまで「地方の遊園地」が当たり前だった日本のレジャーの形を塗り替えた。芸能界では、前年にデビューした中森明菜・小泉今日子・石川秀美ら「花の82年組」がこの年一気に台頭し、『赤いスイートピー』などで絶頂期にあった松田聖子との人気を二分する構図が生まれていた。田原俊彦・近藤真彦・野村義男の「たのきんトリオ」もまだテレビの真ん中にいた時代である。
本屋・貸本屋の棚では、『週刊少年ジャンプ』1983年41号から『北斗の拳』の連載が始まった。前年にフレッシュジャンプ誌で掲載された読み切り版が読者アンケートで軒並み1位を獲得しての、本誌連載入りだった。ジャンプはすでに1980年に発行部数300万部を突破しており、『キャプテン翼』『Dr.スランプ』などの看板作もまだ連載中——のちの黄金期に向けて部数を伸ばし続けていた時期にあたる。
東京ディズニーランド開園前の舞台裏から開園初日のにぎわい ── TBS NEWS DIG公式チャンネルが公開しているニュースアーカイブ映像。建設中の様子から開園初日の熱気までを伝えている。
1983年のCMだけ10分|懐かしすぎる昭和CM集 ── その年に実際に流れていたテレビCMをまとめた懐かしのアーカイブ映像。当時の商品・タレント・空気感がそのまま残っている。
動画はYouTubeの公開プレイヤーをそのまま埋め込んでいます。
7月15日、任天堂がファミリーコンピュータを14,800円で発売した。発売直後は大きな話題にはならず、それどころか本体に採用したカスタムチップ(PPU)の不具合が発覚して一時出荷停止に追い込まれる、苦しいスタートだった。「ゲームはゲームセンターで遊ぶもの」という感覚がまだ当たり前の時代で、茶の間に専用のゲーム機を据え置くという発想自体が真新しかった。
同じ年の1月29日には、ナムコのアーケードゲーム『ゼビウス』が稼働を開始し、緻密な世界観と謎解きの作り込みでゲームセンターに新しい熱狂を生んでいた。家庭用ゲーム機がまだよちよち歩きだったこの年、遊びの主戦場はまだアーケードにあった。ファミコンが本格的にお茶の間を席巻し、ゲームセンターの客足に本当の意味で影響を与え始めるのは、翌年以降、『スーパーマリオブラザーズ』が出る1985年を待つことになる。
ファミリーコンピュータ CM集 1983〜1985年 ── 発売当時に実際に流れていたテレビCMをまとめたゲームCM専門チャンネルのアーカイブ映像。
懐かしのレトロゲームCM(1983年) ── ファミリーコンピュータ発売当初のCMを集めたアーカイブ映像。
動画はYouTubeの公開プレイヤーをそのまま埋め込んでいます。
この年、あなたはどこで何をしていましたか。