パワールーレット
西陣(1月)ルーレット状の役物を備えた一般電役とみられるが、詳しい仕組みの記録は確認できていない。実写動画は見つかっていない。
特集 ─ 昭和53年
1978
ピンク・レディーの「UFO」が年間シングル1位、「サウスポー」「モンスター」まで含めて 年間TOP3を独占する一年。日本中の小学校の運動会で、二人の振り付けをまねる子どもたちの 姿があちこちで見られた。だが1978年という年をパチンコの歴史から振り返るとき、本当に 重要な出来事は別の場所で起きていた。7月22日、映画『サタデー・ナイト・フィーバー』が 日本で公開され、「フィーバーする」ということばが生まれる。2年後、SANKYOがこの 言葉を新型機の名前に借りることになり、パチンコ業界そのものの代名詞になっていく――が、 1978年の時点では、まだ誰もそれを知らない。同じ年、喫茶店の片隅に置かれた一台の テーブル型ゲーム機『スペースインベーダー』が空前のブームを呼び、ホールの客をじわじわと 奪い始めていた。貸玉料金は3円から4円に。パチンコ史のなかで、静かに、しかし確実に 潮目が変わろうとしていた一年だった。
← 思い出年表にもどる1978年のホールは、まだ一般電役の時代だった。液晶も確率変動もCR機もまだ無い。 盤面の役物がルーレットのように回り、チューリップが開き、玉が転がる――そういう仕組みの 台が、西陣や平和といったメーカーから次々に送り出されていた年である。この年だけでも 「パワールーレット」「百面相」「エレックス竜宮13」「密林13」「交通安全アベック」 「パワーボクサー」「パワーガンマン13」「コスモス」「スペースシャトル11」(いずれも西陣)、 「潜水艦」(平和)――10機種の存在が確認できるが、名前と発売月以外の詳しい仕組みの 記録はほとんど残っていない。実写の映像記録も、この年代にはまだ存在しない。
経営の数字としては、この年、貸玉料金が1玉3円から4円に値上がりした。高度成長の 余韻の中で続いていた3円時代が終わり、以後30年以上続くことになる4円時代が始まる、 その最初の年にあたる。
そしてもうひとつ、この年のホールにとって本当に重要だったのは、ホールの中ではなく 外で起きていた。喫茶店の片隅に置かれた一台のテーブル型ゲーム機が、じわじわと 客足を奪い始めていたのである。その顛末は、この後の第六章でくわしく振り返る。
UFO / ピンク・レディー ── 年間1位・155.4万枚。1977年12月5日発売。第20回日本レコード大賞受賞。
サウスポー / ピンク・レディー ── 年間2位。1978年3月25日発売、7thシングル。作詞:阿久悠、作曲:都倉俊一。
モンスター / ピンク・レディー ── 年間3位。1978年発売、8thシングル。この年、ピンク・レディーが年間TOP3を独占した。
君のひとみは10000ボルト / 堀内孝雄 ── 年間4位。1978年8月5日発売。資生堂の化粧品CMソングとして人気に火がついた。
微笑がえし / キャンディーズ ── 年間5位。1978年2月25日発売、3月12日付でオリコン初の1位。4月4日、後楽園球場の解散コンサートでの事実上のラストシングル。
透明人間 / ピンク・レディー ── 年間6位。1978年発売。ピンク・レディーが年間TOP10に送り込んだ4曲のうちの1曲。
カナダからの手紙 / 平尾昌晃・畑中葉子 ── 年間7位。1978年1月10日発売のデュエット曲。作曲家・平尾昌晃が自ら歌った異色のヒット。
Mr.サマータイム / サーカス ── 年間8位。1978年、カネボウ化粧品の夏キャンペーンソングとして大ヒット。埋め込み動画はグループ自身による2018年の再録音版。
時間よ止まれ / 矢沢永吉 ── 年間9位。1978年発売。資生堂「サマー'78」キャンペーンソング。
わかれうた / 中島みゆき ── 年間10位。1977年9月発売だが、1978年度年間シングルランキングで10位に入った。
動画はYouTubeの公開プレイヤーをそのまま埋め込んでいます。再生できない場合は動画側の設定によるものです。
この年代はまだ実写・retro動画の記録がほとんど残っておらず、名前・メーカー・発売月以外の詳しい仕組みも伝わっていない機種がほとんどです。1978年に実在が確認できたパチンコ機種は次の10機種(パチスロはまだ存在しない年代のため0機種)。
ルーレット状の役物を備えた一般電役とみられるが、詳しい仕組みの記録は確認できていない。実写動画は見つかっていない。
この時代のパチンコは名前と発売月以外の資料がほとんど残っておらず、この機種もその一台。
「竜宮」は当時の役物モチーフの定番の一つで、後年の『海物語』シリーズとはまだ無関係。
ジャングルをモチーフにした役物とみられるが、詳細な資料は確認できていない。
「交通安全」という堅いテーマを冠した名前で、当時の役物ネーミングの自由さがうかがえる一台。
ボクシングをモチーフにした役物とみられる。
西部劇風の名前を持つ一台。
1978年9月発売。詳しい仕組みの記録は確認できていない。
同じ年に日本公開された『スター・ウォーズ』の宇宙ブームと時期が重なる、宇宙モチーフの一台。
発売月は未確認。平和による一般電役。
1978年に確認できた全10機種を、このページにすべて掲載しています。 年表で1978年を開く →
この年、映画が二本、日本中を席巻した。6月24日に先行公開、7月1日に全国公開された 『スター・ウォーズ』は配給収入43億8000万円という空前の大ヒットとなり、日本中に 宇宙ブームを巻き起こす。7月22日には『サタデー・ナイト・フィーバー』が公開され、 ジョン・トラボルタのスーツ姿とビージーズの音楽にあわせて踊る若者たちが、東京の ディスコに押し寄せた。この映画から生まれた「フィーバーする」ということばは、 この時点ではまだ、ただの流行語でしかなかった。
本屋の棚では、10月9日発売の『週刊少年ジャンプ』45号から、寺沢武一の『コブラ』が 連載を開始する。宇宙海賊を主人公にしたSFアクションは、1984年まで6年間続く人気作に なった。4月4日には、後楽園球場の『ファイナルカーニバル』でキャンディーズが解散。 その約1ヶ月前、2月25日に発売された最後のシングル『微笑がえし』は、3月12日付で オリコン初の1位を獲得している。ピンク・レディーの振り付けを、全国の小学校の 運動会でまねる子どもたちの姿もあちこちで見られた一年だった。
1978年(昭和53年)の懐かしいテレビCM集 ── その年に実際に流れていたテレビCMをまとめたアーカイブ映像。
1978年 東京都千代田区 ── 東京駅・丸の内へ通勤するため横断歩道を渡る人たちを撮影したパブリックドメイン映像(NHKニュース)。
動画はYouTubeの公開プレイヤーをそのまま埋め込んでいます。
『サタデー・ナイト・フィーバー』の日本公開から生まれた「フィーバーする」ということば。 2年後の1980年、SANKYOがこの言葉を新型機の名前に採用し、以後、大当りで演出が 盛り上がる仕組みそのものを指す、パチンコ業界の代名詞になっていく。1978年の時点では、 この言葉とパチンコとの間には、まだ何のつながりも無かった。
一方でこの年、パチンコ業界が現実に受けた衝撃は、もっと身近な場所から来ていた。 8月にはアップライト筐体、9月にはテーブル筐体の『T.Tスペースインベーダー』が発売され、 喫茶店という喫茶店がテーブル型のインベーダー機に置き換わっていく。1台あたり月40万〜 50万円ともいわれるインカムに、多くの喫茶店がなだれ込んだ。パチンコホールの客足は 全国的に鈍り、この直後の数年、業界は初めて明確な逆風にさらされることになる。
1978年(昭和53年)東京 ディスコ サタデーナイトフィーバー ── 光の中で踊る若者たちを撮影したパブリックドメイン映像(NHKニュース)。
スペースインベーダー(1978年) ── 当時の筐体を再現したプレイ映像。この年、喫茶店を席巻し、パチンコホールの客を奪い始めた張本人。
動画はYouTubeの公開プレイヤーをそのまま埋め込んでいます。
この年、あなたはどこで何をしていましたか。