吾妻号 ラッキーセブン
SANKYOSANKYOが展開していた「吾妻号」シリーズの一台。個別の仕様を伝える資料はほとんど残っていないが、名前の通りラッキーセブンをモチーフにした盤面だったとみられる。電動ハンドルが広まり始め、貸玉料金が1玉3円だった時代の記録。
特集 ─ 昭和51年
1976
7月27日、前内閣総理大臣・田中角栄が受託収賄容疑で逮捕された。ロッキード事件—— 戦後日本を揺るがした一大疑獄である。世間がその衝撃に沸く一方で、街には数か月前から 子門真人の『およげ!たいやきくん』が鳴り止まなかった。オリコン調べで約454万枚を 売り上げ、今なお歴代シングル売上の記録を保持し続けている、日本の音楽史でも異例の 大ヒットである。ホールの中では、貸玉料金は1玉3円。手打ちから電動式ハンドルへの 切り替えが少しずつ進んでいた時代で、この年に記録として残っているのはSANKYOの 「吾妻号」シリーズ7機種——ラッキーセブン、ポピー2号、ダブルトナカイ、レーシング、 ベースボール、ウオッチ、3点チャッカー。フィーバーもCR機もまだ遠い先の話、玉を弾く 指先の感覚だけが頼りだった時代の記録である。
← 思い出年表にもどる1976年のホールは、まだフィーバーもCR機もない、機械式パチンコの時代だった。 液晶も電子音も存在せず、玉が盤面のクギを弾かれながら落ちていく音と、ジャラジャラと 響く払い出しの音だけがホールを満たしていた。貸玉料金は1玉3円。1972年に2円から 値上げされたこの相場が、1978年まで続くことになる。
少し前まで主流だった手打ち式から、指先でハンドルを回すだけで玉を発射できる 電動式ハンドルへの切り替えが、この頃少しずつ進んでいた。今では当たり前の 「ハンドルを握って捻る」という動作が、まだ新しい体験だった時代である。
この年に記録として残っているのは、SANKYOが送り出した「吾妻号」シリーズの 7機種——ラッキーセブン、ポピー2号、ダブルトナカイ、レーシング、ベースボール、 ウオッチ、3点チャッカー。同じ台枠に絵柄違いを揃えて展開する、当時よくあった シリーズ物の一群である。個別の役物構成を伝える資料はほとんど残っていないが、 名前だけがいまも記録に残り続けている。
およげ!たいやきくん / 子門真人 ── 年間1位・約453.6万枚。オリコン史上初のシングルチャート初登場1位・11週連続1位。今も歴代シングル売上1位で、2008年にギネス世界記録認定。
ビューティフル・サンデー / 田中星児 ── 年間2位・累計約200万枚。3月25日発売。原曲は英国のダニエル・ブーン。オリコン総合シングルチャートで15週連続1位。
北の宿から / 都はるみ ── 年間3位。1975年12月発売の演歌で、1976年の第18回日本レコード大賞を受賞。作詞・阿久悠、作曲・小林亜星。
木綿のハンカチーフ / 太田裕美 ── 年間4位。作詞・松本隆、作曲・筒美京平。太田裕美のNHK紅白歌合戦初出場曲になった。
岸壁の母 / 二葉百合子 ── 年間5位。語りを交えた歌謡浪曲調のカバーで、この年の大ヒットとなった。
俺たちの旅 / 中村雅俊 ── 年間6位。作詞・作曲は小椋佳。日本テレビ系ドラマ『俺たちの旅』(1975年10月〜1976年10月)主題歌。
あなただけを / あおい輝彦 ── 年間7位。1976年発売。
横須賀ストーリー / 山口百恵 ── 年間8位。6月21日発売。作詞・阿木燿子、作曲・宇崎竜童による「横須賀三部作」の一曲。
わかって下さい / 因幡晃 ── 年間9位。1976年発売、シンガーソングライター因幡晃のデビュー曲。
あの日にかえりたい / 荒井由実 ── 年間10位。発売は1975年11月だが、年間売上集計で1976年の10位に入った。荒井由実(現・松任谷由実)名義で唯一のオリコン1位獲得曲。
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1976年は電子表示・液晶以前の機械式パチンコ台の時代で、当時の実戦動画・解説動画はほぼ見つかりませんでした。そのため今回はサムネイルなしで、判明している範囲の記録のみを掲載しています。
SANKYOが展開していた「吾妻号」シリーズの一台。個別の仕様を伝える資料はほとんど残っていないが、名前の通りラッキーセブンをモチーフにした盤面だったとみられる。電動ハンドルが広まり始め、貸玉料金が1玉3円だった時代の記録。
花のポピーをあしらった盤面だったとみられる一台。「2号」の名から、同系統機の後継として出されたと推測される。
トナカイをモチーフにした盤面を持つ一台とみられる。「ダブル」の名は、同系デザインのバリエーション違いを示すものと推測される。
モータースポーツをモチーフにした盤面だったとみられる一台。
野球をモチーフにした盤面だったとみられる一台。
時計の文字盤をモチーフにした盤面だったとみられる一台。
3つのチャッカー(入賞口)を備えた構成だったとみられる一台。この年のホールの記録として残っている。
お茶の間を席巻していたのは、漫画『がきデカ』(山上たつひこ、週刊少年チャンピオン連載)の 主人公・こまわり君だった。特に意味もなく口をついて出る決めゼリフ「八丈島のキョン!」は、 全国の子どもたちの間で流行語になった。8月25日には、のちに国民的アイドルとなる ピンク・レディーが「ペッパー警部」でレコードデビュー。がに股で腰を落とす振り付けが 話題を呼び、年末の日本レコード大賞で新人賞を受賞している。同じ頃、前年の「年下の男の子」の 勢いのままキャンディーズが「春一番」「夏が来た!」を立て続けにヒットさせ、黄金期を 迎えていた。
街のヘアスタイルには、冬の祭典の影響が及んでいた。この年2月のインスブルック冬季 オリンピックで金メダルを獲得したアメリカのフィギュアスケート選手、ドロシー・ハミルの ショートボブは「ハミルカット」と呼ばれ、日本でも流行したといわれる。服装では ラガーシャツやダウンベストといったスポーティな装いが好まれ、街を歩く若者の定番になっていた。
学校給食にも変化のあった年だった。それまでコッペパンや揚げパンが主食だった給食に、 この年米飯給食が制度化される。ごはんという特別なメニューが、少しずつ日常の一部に なっていく年でもあった。
1976年(昭和51年)テレビCM集 ── その年に実際に流れていたテレビCMをまとめた懐かしの映像。当時の商品・ファッション・空気感がそのまま残っている。
渋谷がのんびり1976年 ── アーカイブ映像。まだ今とはまるで違う、のどかな渋谷の街並みが残っている。
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2月4日、アメリカ上院外交委員会の公聴会で、航空機メーカー・ロッキード社が世界各国の 政府高官に多額の資金をばらまいていたことが明るみに出る。日本の商社を経由した資金が 政界の中枢にまで及んでいたとされ、以後、国会は連日この疑惑の追及一色になった。
7月27日、前内閣総理大臣・田中角栄が受託収賄と外国為替及び外国貿易管理法違反の容疑で 逮捕される。総理大臣経験者の逮捕という前代未聞の事態に、日本中が衝撃を受けた。 田中は8月16日に起訴され、翌日保釈されている。
この事件の余波は年の瀬まで続いた。12月5日の第34回衆議院議員総選挙で自民党は議席を 大きく減らして敗北し、三木武夫首相は退陣。後任には福田赳夫が就任した。ホールの中で 『およげ!たいやきくん』が鳴り続けていた同じ年に、日本の政治は戦後最大級の疑獄と 向き合っていた。
ロッキード事件(1976年) ── 事件の経緯を振り返る解説動画。
1976年7月27日、日本政界を揺るがす逮捕劇が起きました ── 田中角栄逮捕の当日を振り返る動画。
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この年、あなたはどこで何をしていましたか。