吾妻年 要確認
SANKYO詳しい仕様の記録はほとんど残っていないが、SANKYOはこの後『吾妻号 ダイヤクラゲ』『吾妻号 サンスター』など、 1974年だけで10機種近い『吾妻号』シリーズを展開しており、『吾妻』はSANKYOの手打ち機を代表する台枠名に なっていたとみられる。当時はまだレバーで玉を弾く木製の手打ち機が主流で、電動ハンドルが認可されるのは 翌1973年のこと。なお、SANKYOのファンサイト記事では『吾妻』という台枠名を1977年前後の資料に結びつけて 紹介しているものもあり、正確な初出年は資料によって差がある。
調べたこと
※これは盤面の機種名ではなく、台枠(フレーム)の名前である可能性が高い。SANKYOの公式ファンサイトの台枠特集が、当時の台枠には同社のロゴとともに「茜」「吾妻」といった台枠名が入っていたと説明している。実際SANKYOの機種年表は1972年の欄に「吾妻」を単独で置き、1974年からは『吾妻号 ダイヤクラゲ』『吾妻号 サンスター』のように、同じ枠へ絵柄違いの盤面を載せた「吾妻号」シリーズを毎年10機種前後ずつ並べている。※ただしSANKYO公式内でも表記が揺れており、機種年表は「吾妻」を1機種として掲載し、解説文でも「機種」と書いている。