特集 ─ 昭和31年
1956
1956年7月17日、政府の経済白書はこう言い切った。『もはや戦後ではない』——終戦から11年、日本のGDPはついに戦前の水準を超えていた。10月には日ソ共同宣言、12月には悲願だった国連加盟。世の中はたしかに、戦後の先へ進み始めていた。だが、パチンコホールの中だけは事情が違った。前年からの連発式規制のあおりで、全国のホール数はこの年9,365軒——前年の12,391軒からさらに減っていた。国が「戦後の終わり」を語る一方で、ホールはまだ『冬の時代』のただ中にいる。そしてこの年、名前が記録として残っているパチンコ・パチスロの機種は、ひとつも見つかっていない。
← 思い出年表にもどる1956年7月17日、政府がまとめた経済白書はこう言い切った。「もはや戦後ではない」。 日本の一人当たりGDPは、この年ついに戦前の水準を超えたとされる。10月には日ソ共同宣言、 12月には悲願だった国連加盟——世の中の空気は、たしかに戦後の先へ向かい始めていた年である。
だが、パチンコホールの中だけは事情が違った。前年の1955年、大ヒットしていた連発式が 射幸心を煽るとして規制され、業界は一気に冷え込んでいた。1953年に45,317軒という 第一次黄金時代のピークを迎えたホール数は、1955年に12,391軒、そしてこの1956年には 9,365軒まで、さらに減っていく。国が「戦後の終わり」を語る一方で、ホールはまだ 『冬の時代』のただ中にいた。
貸玉料金は1玉2円のまま——1949年に定められた金額が、この年もそのまま据え置かれている。 そしてこの年、名前が記録として残っているパチンコ・パチスロの機種は、いまのところ ひとつも見つかっていない。まだ手打ち式の台が主流で、個別の機種名が資料に残りにくかった 時代——という以上の説明はできないが、それもまた、この年のホールの実像のひとつなのかもしれない。
この年、名前が確実に確認できているパチンコ・パチスロの機種はまだ見つかっていません。
西陣の『ジンミット』(役物を搭載した最初期の機種のひとつとされる)を1956年発売とする 資料も一部にありますが、日本遊技機工業組合をはじめとする複数の一次的な業界資料では 「1957年・武内商会製」とされており、本サイトでも1957年の項目に登録しています。 それ以外に、1956年発売と確実に言えるパチンコ・パチスロの機種は見つかりませんでした。
まだ手打ち式の台が中心で、個別の機種名がホール史の記録として残りにくかった時代です。 もしこの年、実際にホールに通っていた記憶——打っていた台の名前、盤面の様子、 鳴っていた軍艦マーチ——が残っている方がいれば、ぜひこのページの一番下に書き残してください。
本屋や貸本屋の棚では、新しい定番が生まれていた年でもある。光文社の月刊誌『少年』7月号から、 横山光輝の新連載『鉄人28号』が始まった。日本軍が開発した秘密兵器という設定の巨大ロボットを、 少年探偵・金田正太郎がリモコンで操って戦うという物語は、のちの『マジンガーZ』をはじめとする "巨大ロボットもの"の原点のひとつになる。まだ週刊少年誌は存在せず、『少年』『少年画報』『冒険王』 といった月刊誌が子どもたちの主な読み物だった時代である。
2月19日には、新潮社から『週刊新潮』が創刊された。それまでの週刊誌は新聞社が出すものばかり だったが、本づくりの出版社が単独で週刊誌を出すのはこれが初めてのこと。谷崎潤一郎や大佛次郎の 連載小説を看板に、創刊号30万部は即日完売した。以後、出版社系週刊誌が次々と生まれていく先駆けになる。
働き始めたばかりの大卒サラリーマンの初任給は、月およそ8,700円ほど(各種統計をまとめた概数)。 7月17日には経済白書が「もはや戦後ではない」と言い切り、10月には日ソ共同宣言、12月には悲願だった 国際連合加盟——世の中の空気は、たしかに"戦後"の先へ向かい始めていた。
昭和の東京シリーズ「1956年の東京」/東京都公式チャンネル ── 東京都が制作したニュース映像。当時の東京の様子がそのまま記録されている。
1950年代の日本・東京 Tokyo in 1956 ── 銀座四丁目から東京駅、皇居周辺までを収めたアーカイブ映像。当時の街並みと人々の服装がうかがえる。
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この年、日本中を騒がせた流行語がもうひとつあった。前年『文學界』に発表された石原慎太郎の 小説『太陽の季節』が、1月に芥川賞を受賞。5月17日には日活によって映画化・公開され、たちまち 大ヒットする。無軌道で享楽的な若者たちを描いたこの作品をきっかけに、評論家・大宅壮一が 名付けた「太陽族」という言葉が流行語になった。
太陽族のスタイルは、脇を短く刈り上げ前髪をやや長く残した「慎太郎刈り」に、サングラス、 アロハシャツ。女性はスカートの下にペチコートを重ねる"落下傘スタイル"が定番になった。 7月12日には続く話題作『狂った果実』が公開され、この作品で準主役を演じた石原慎太郎の弟・ 石原裕次郎が一躍スターの座に押し上げられる。過激な内容は映画倫理規定の見直しにも つながるほどの社会現象だった。
『太陽の季節』/【公式】日活配信チャンネル ── 石原慎太郎の芥川賞受賞作を映画化。太陽族ブームの発端になった一本。
『狂った果実』予告編/【公式】日活フィルム・アーカイブ ── 石原裕次郎が準主役でスクリーンデビューし、一躍スターに押し上げた作品の予告編。
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この年、あなたはどこで何をしていましたか。